第7章 赤色ドロップ
「何故そのような事を聞くのですか?」
柳生からの、素直な疑問だった。それを受けた名前はゆっくりと瞬きをひとつしたあと、背もたれから体を起こし、プリントを束にしていく。
「人を好きになるってさ、何処から始まるものなのかな、って思って」
「それは…少し難しいですね」
「ね、難しいよね。ていうか、こんな事今まで考えたことなかったよ」
「…という事は、それを考えさせられる何かが、苗字さんに起こったのですね」
「…うん、そう」
柳生の鋭い指摘に、名前は素直に頷いた。
束ねたプリントを揃えて、ホチキスでとめダンボールへと詰めた頃、柳生はそっと口を開いた。
「人の顔…と言いますか、表情で好きになった事はありますね」
「表情?」
「ええ。笑った顔が素敵で、好きになったりとかはあります」
「あーなるほど。人って無表情と笑った顔とじゃ、全然違うもんね~」
なるほどなるほど、と呟きながらまた新しいプリントの束を作り整えていると、柳生が更に言葉を続けてきた。
「苗字さんは、顔で人を好きになった事がありますか?」
「んー…それがよく分からないんだよね。この人顔綺麗だなーとか思ってじっと見ちゃうことがよくあってね…ふわっと笑われたりされたらドキッとしたりするけど、そのドキッがなんなのか分からないんだよね。急に笑顔向けられてびっくりしたのか、それともその人の魅力にあてられてドキッとしたのか…。だからそのドキッで好きになったのか、その後に好きなったのか…よく分からない」
「…そうですか」
唇を尖らせつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ名前の横顔を、柳生は暫し黙って見ていたが当たり障りのない相槌を返すとそのまま口を閉ざした。
その会話を最後に、名前と柳生は黙々と作業を続けた。
ーー顔で人を好きになる人も居れば、そうじゃない人もいる…幸村くんは、私のどこを好きになったんだろう。
それとも、自分と同じように上手く言葉に言い表せないだろうか。
ーーだとしたら、嬉しいな。
そんな事を思ったあと、名前は強く頭を左右にふり、その考えを吹き飛ばした。
ーー私には、丸井くんがいるんだから!!
だから、丸井くんを裏切れないし、裏切りたくない。