第7章 赤色ドロップ
泣いている自覚なんて全くなかった。それどころか、なにが悲しくて泣いているのかも分からなかった。
分からない事だらけだ、と名前は苦笑を零しながら目元を拭っていると、不意に上履きが床を撫でる音が耳に滑り込んできた。
慌てて何度も目を強く擦ったあと、窓から離れオレンジ色の道のなん中へと二歩、三歩と足を進めた。
「おや?苗字さん」
「柳生くん」
聞こえてきたその声に、名前は下がり気味だった顔をそっと上げた。視線の先に居たのは、やはり思い浮かべた人物、柳生だった。
お互いに歩を進め、距離を縮めれば、先に口を開いたのは名前の方だった。
「柳生くん、部活今からなの?」
「いえ…お恥ずかしながら風紀委員の仕事が少し手間取っていまして…部活に行くのはもう少し時間が掛かりそうでして」
「えっ、大丈夫?なにかあったの?」
「それが…同じ風紀委員の方が風邪で欠席でして。仕事を一人でこなさなくていけなくて…」
そういった柳生は疲れているのか、溜め息をもらした。柳生くんが溜め息をつくなんて珍しい…なんて名前は思いながら、ぽん、と軽く手をうってみせた。
その名前の仕草に、しぱしぱと目を瞬かせた柳生は、どうかしましたか?、と首をかしげ問うてきた。
「お仕事、私手伝うよ。なんでも言って!ばりばり働くよ」
「いえ、とんでもない!風紀委員でない方に風紀委員の仕事を手伝ってもらうなんて…」
「気にしない、気にしない!柳生くん、困った時は素直に助けを求める事も必要だよ?自分一人じゃキャパオーバーになる事だってあるんだから」
「…ですが、ご迷惑ではないのでしょうか?」
控え目な声でそう問うてきた柳生に、名前はにっと笑みを零し、ぐっと親指を突き立てながらもう片方の手は腰にあてた。なんとも腹のたつポーズだ。
しかし、そんな事など名前自身気づいていないのか、相変わらず、にっと笑いながら、全然!任せて!、と力強く言い放った。
そんな名前に、僅かに目を見開いた柳生だったが、すぐに細め笑みの形に変えると楽しげに笑い、口元を手で隠した。