第7章 赤色ドロップ
自分の言葉を全て聞き終える前に閉まってしまったドア。目の前にあるクリーム色のそのドアは、どっしりと構えまるで名前の侵入を拒んでいるように見えた。
「な、なんなのよ!丸井くんの馬鹿ー!」
名前は唇を尖らせたあと、視聴覚室にいる赤い髪の彼氏に向かって大きくそう叫び逃げるようにオレンジ色の道を走った。
「馬鹿とはなんだこの野郎ー!」
ばたばたと走る自分の足音に混じり、丸井のそんな叫び声が背中にぶつかってきて、怒っていた筈なのに名前は吹き出すようにして笑ってしまった。
ーー丸井くん、可愛いな。
なんなんだ、なんて思っていたが。あの丸井の不貞腐れたような不機嫌な表情を見れば分かる。ヤキモチを妬いたのだろう、と。丸井ブン太という男は、名前が思っていたよりもずっとヤキモチ妬きなのかもしれない。
人によってはそのヤキモチが鬱陶しいなんて言うかもしれないが、名前にとって丸井のヤキモチはとても可愛く思えて、同時に愛されているな、と思えてとても嬉しかった。
ーーけど、勉強教えるだけでヤキモチ妬くのは妬きすぎかな?
走っていた足を歩きへと変え、そんなことを考えていたら、不意に窓の外から小気味いい音が耳に飛び込んできた。
ほぼ無意識でそちらへと視線をそちらへとやれば、名前の脳裏にうっすらと浮かんでいた通り、テニスコートが視界に入ってきた。
二歩、三歩。足を進めて窓枠にそっと両手を添え、テニスコートをじっと見つめた。離れていても、すぐに見つけた、幸村精市の姿。
さっきあった事なんて、なにも無かったかのように綺麗でかっこいいテニスをする幸村を、名前はただじっと見つめていた。なにも頭に浮かばなかった。
ただ、黙って幸村を見つめるだけ。しかし、名前の心臓は心地よい締め付けるような痛みを送ってくる。
とくん、とくん、と高鳴って、きゅう、と締め付けられるような心地よい痛み。
ーー時間、止まらないかな。
ふと、そんな事を思った。本当に、自然とそう頭の中で浮かんだものだから、名前は自分でも驚き、窓枠に触れていた手を自分の口元にそっと触れた。
ーーあれ、なんで泣いてるの?
触れた口元は、目から伝ってきた涙で濡れていた。その事に、触れて始めて気づいたのだ。