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【R18】ドロップス【幸村精市】

第7章 赤色ドロップ



 その幸村の声に、自分の意志とは反して名前の足は止まってしまう。気を抜いたら勝手に涙が出そうだった。
 
「なに?」

 以前と変わらぬ口調で、そう幸村に短く問うた。
 至って普通の名前の様子に、幸村は逆に戸惑った様子を見せていたが、それでも口を開き言葉を紡ぎ始めた。

「丸井と、付き合ってるって…本当かい?」
「うん、本当だよ」

 相手の問いに間髪入れず答えれば、幸村は息をのみ目を見開いて名前を見つめていた。信じられない、と言った表情だ。酷く、滑稽に見えた。

 ーーなにが、信じられないんだろう。
 ーーなにを、信じられないんだろう。

 名前はふとそんな事を思った。
 
 ーー幸村くん…まだ、私の事を好きでいてくれてるの?

 そんな、自分に都合のいい考えが頭に過ぎった瞬間、名前は心の中ですぐにそれを否定した。
 例え、そうだとしても…今の自分にはなにも出来ない。だって、自分は丸井くんの彼女なのだから、と名前は心の中でひっそりと呟いた。
 丸井ブン太と付き合ったのは、条件つきでだ。嫌になったら、その条件を突きつければ丸井と別れる事が出来る。しかし、その条件を名前が突きつける事はーーこの先、ないだろう。
 それは、自分自身で幸村へ"大好きでした"と想いを断ち切った事を口にしてしまったからということもあるが、それよりも大きな理由はーー丸井ブン太という存在だった。丸井は名前にとってとてもあたたかいものだった。
 だからこそ、丸井の隣に居たいと、名前は少しずつであったが思っていた。それが、ほんの少しの恋の始まりである事は、名前自身気付いていない。
 幸村への想いを抱えたまま、丸井の優しさに縋っている。そんな汚くてずるいやつだと、名前自身は思っている。
 正解なようで、不正解。不正解なようで、正解。人の心は複雑だ。きっとどんなにiQの高い人間でも、人の心の中を明確に解き明かす事は出来ないだろう。

「じゃあ、行くね」

 名前は普通を装ってそう呟いた。まだなにか言いたそうに幸村の手が空をさ迷ったが、名前を呼び止める声は上がらなかった。
 ただ、クラスメイトたちの喧騒だけだ名前の耳に滑り込んでいた。

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