第7章 赤色ドロップ
父親が家を出てから、15分を少し過ぎた頃。丸井ブン太は名前の家へとやってきた。
いつものようにフーセンガムを膨らませながら、そっとチャイムを押せば中から出てきた名前の母親に慌てて姿勢を正した。そんな丸井の様子を母親の背中越しに見て、名前は腹を抱えて笑っていた。
スクール鞄を肩にかけ、行ってきます、と言いながら手をふった名前に、母親も同じように振り返し見送ってくれている。
数歩歩いてから、ゆっくりと前を向いた。横には少し不貞腐れた表情をしている丸井がいる。
「ごめんって、まだ拗ねてる?」
「別に拗ねてねーよ」
「じゃあ、怒ってる?」
「怒ってもねーよ」
「えー…」
むっすぅ、なんて表情を全面にあらわしておいて、それはないだろう…と名前は苦笑を漏らした。
それでも名前の歩幅に合わせて横を歩いたり、さり気なく車道側へと立ち歩いている丸井は優しい。
言葉にあらわさなくても、丸井の行動はちょっとした優しさが詰め込まれている事が多くて、名前はその優しさに触れる度に擽ったい気持ちになっていた。
「丸井くん」
「あ?」
「迎えに来てくれてありがと」
「……おー」
素直に礼を述べた名前に、丸井はほんの少し間をあけてから相槌をうった。恥ずかしいのかそっぽを向いてしまっている。
そんな丸井に名前は自然と頬を緩め、青い春空を見上げた。六月はもう目と鼻の先だ。
学校につき、丸井と別れた名前は教室に入って早々聞こえてきた黄色い声に、びくりと身を震わせた。
「うっそ本当に?!」
「うん!今日の朝、オッケー貰ったんだ~」
「いいなー羨ましい~!」
そんな会話をしているのは、宮野とその友達だった。
彼女を視界にいれ、少しだけ黒いもらのようなものが現れたが気づかないフリをして自身の席へと着いた。鞄を机の横に引っ掛けて、ポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出した。
「幸村くんが彼氏かぁー…めっちゃ羨ましい…鼻高々だね!」
そんな声が聞こえてきて、名前は思わずスマートフォンを取り落としそうになってしまった。どくん、と心臓が嫌なはね方をしている。
じわりと冷や汗が浮かび、耳がやけに澄んでいて、衣擦れの音ひとつ聞き漏らさないほどだ。