第7章 赤色ドロップ
『名前、いい?よく聞いて』
不二の柔らかい声だ。しかし、どことなく真剣さが伺える。
名前は思わず正座に座り直し、うん、とだけ答えた。
『これは人から聞いた話だから本当かどうかは分からないけれど…人生の中で、人は四人の異性から想いを寄せられるんだって』
「四人の異性?」
『うん、そう。言い方を変えれば、四人の運命の人が自分の前に現れるんだって』
「えー、四人も?それは凄いな」
ーーそれが俗に言う、モテ期なのかな。
名前は不二の言葉に驚きつつも、ぼんやりとそんな事を思った。不二はいつもと変わらぬ笑いをこぼし、続きを話す。
『けどね、その四人はとっても大事な人達なんだ。ただ、相手を想うだけの人達じゃない』
「うん?どういう事?」
『えっとね、1人は真っ直ぐだけど不器用に相手を想う人。2人目は真っ直ぐに、相手に惜しみない愛を与える人。3人目は相手の幸せを願って助言を与える人。4人目は相手の幸せが自分の幸せだと、寄り添い支える人』
思い出すように言葉をひとつひとつ丁寧に紡ぐ不二のそれを、名前は黙って飲み込んでいった。
1人は真っ直ぐだけど不器用に相手を想う人。
1人は相手に惜しみない愛を与える人。
1人は相手の幸せを願い助言を与える人。
1人は相手の幸せが自分の幸せだと寄り添い支える人。
まるでなにかの劇の配役のようだ、と名前は思った。
この四人の中で、はたして誰が幸せになれるのか、名前は検討もつかなかった。
ーーもし、近いうちに私がこの四人と出会える機会があるとしたら…。
自分は、誰に惹かれ、誰に落ちるのか。
同時に、自分はこの四人の中ではどれなのか。名前はまた思考の海に潜った。しかし、やはり海面には程遠い。考えれば考えるほど、もがけばもがくほど、深い海の底に沈んでいく。
それから数分は、他愛もない話をしてから電話を終えた。
ドライヤーで髪を乾かしながら、名前はふと丸井ブン太を脳裏に浮かべた。幸村の事を未だに好きな煮えきらない自分を、それでも構わないからと、好きだと、と言ってきた丸井ブン太。
彼はとても優しい。優しいからこそ、縋ってしまう。
最低な自分に反吐が出そうだった。