第7章 赤色ドロップ
名前を呼ばれ、なに?、と短い返事をした。
『丸井は、名前の何処がいいって言うよりも、名前だから良かったんじゃないかな』
「なにそれ、良くわかんない」
『うーん…そうだなぁ。じゃあ、名前は幸村の何処が好きなんだい?何処に惹かれた?』
「っ…幸村くんの、好きなとこ?何処に惹かれたか?」
名前の言葉に、そう…言える?、と不二の優しい声。
名前は口を閉ざし思考を海を潜ってみた。
幸村精市の好きなところ。
顔が綺麗なところ?優しいところ?意外と小言など言うところ?意外と意地悪なところ?花が好きなところ?テニスを好きなところ?絵が好きなところ?絵が上手いところ?笑った顔?意地悪な顔?小言を言う顔?お花のようなとびきりの笑顔?
「…わか、らない」
分からなかった。幸村精市のいい所、好きなところは沢山出てくるのに、はたしてそれが名前にとって幸村精市の一番好きなところなのかどうなのか、それによって惹かれたのか分からなかった。
それらを全部引っ括めて、大好きになった気もする。が、その大好きの中に、名前が抱くほんの少し幸村の嫌いな部分もある気がして、違う気もした。
何処を好きになったのか、何処に惹かれたのか。
改めて聞かれて、深く考えてみても、思考の海は深くなり沈んでいくだけで明確な答えは出ず海面に顔を出すことは出来ない。
名前は酷く自分が嫌なやつに思えた。幸村精市の事が大好きだと言っておきながら、具体的な部分を上げられない。それなのに一丁前に、自分も幸村精市が好きだからと宮野に敵意を燃やして嫉妬して、癇癪を起こして。
ーー心が狭いうえに、上っ面だけの、大好きでなに一人前に恋愛してますみたいになってるの、私。
気づけば止まっていた涙が、また溢れてきた。大粒だったり小粒だったり。涙の雨はひっきりなしに名前の目から降ってきては、パジャマのズボンをぬらしていく。
ずず、と鼻を啜れば、名前、と不二の優しい声。
それに返事をする余裕はなくて、ただ黙って涙を流していると、不二は気にした素振りも見せずゆっくりと話し始めた。