第7章 赤色ドロップ
「幸村、くんは…その、」
途切れ途切れの言葉。ちらりとスマートフォンを見やれば、丁度幸村からのキャッチがきれ、ぷつぷつという音はなくなった。ほっと安堵し、体から力が僅かに抜けた。
かちかちとなるお気に入りの壁掛け時計に視線を投げる。
衝動買いしたお気に入りのその時計は、今となっては幸村を思い出させる産物となってしまい、時計を眺める度に悲しい気持ちにさせた。
幸村と言えば、花。そんなイメージだったのだ、名前の中で。
だがしかし、それはあくまで名前の中でのイメージだった。実際の幸村は、よく分からない男だった。未だに名前の中で、幸村から受けた悲しい言動は訳が分からないままだった。
自分のことを好きだと言う割には、自分をないがしろにしてきた幸村精市。自分のことを好きだと言いながら、他の女の子を見ていた幸村精市。
ぎゅっ、と。気づけば痛いくらいに拳を握りしめていた。
「……幸村くんとは、なにもなってないよ」
『友達のままってことかい?』
「…うん、そう」
本当は、友達のままなのかも定かではないのだが。それを言ってしまえば説明がとても長くなるし、なにより、自分が耐えられなくなり泣いてしまうことは明白だったのでやめておいた。
名前はそっと目を伏せた。
幸村精市。綺麗な男の子。花がとても似合っていて、テニスがとても上手い、あと…絵もとても上手い。そんな、男の子。
自分は、幸村精市という男を分かったつもりでいた。だからこそ、宮野が幸村の悪口を言ったとき、憤怒しながら幸村のいい所を述べたのだ。
ーーけど、偉そうなこと言っておいて結局私もよく幸村くんのこと知らなかったって事だよね。
そう、心の中で呟いた時、ぽたりとなにかがスマートフォンに落ちた。涙だ。自分でも無意識のうちに泣いてしまったのだ。
泣いてしまうからと、詳細を省いて適当に相槌をうったというのに。これでは意味がないではないか、と名前は自分自身に呆れてしまった。
『名前』
「なに?」
『泣いてるのかい?』
「ううん」
『嘘。泣いてるね。なにかあったんだね?』
「……う、ん」
『話せるかい?』
「う、ん」
優しい不二の声に、名前はぼろぼろと大粒の涙を零しながらもゆっくりとゆっくりと、事の詳細を話し始めた。