第7章 赤色ドロップ
『どうしたんだい?』
不二の不思議そうな声。ぼふん、という音が聞こえたのだろう。名前はばたばたと手足をばたつかせながらも、なんでもない、と下手くそな嘘を吐いた。
その下手くそな嘘に、幼馴染である不二はそれが下手な誤魔化し方だとすぐに勘づいたが、そう…、とだけ呟き深く聞くことはしなかった。
その事にほっと安堵し、胸を撫で下ろした。
しかし、脳裏に浮かんだままの失態の数々に名前は顔の火照りを止める事が出来ずにいた。
ーー明日、改めて柳生くんに謝らなきゃな…。
そんな事をぽつりと思っていると、不意にぷつぷつと不思議な音が聞こえてきた。
なんだ?と反射的に膝上にあるスマートフォンへと視線を下げ、僅かに目を見開いた。
画面には幸村くん、と表示されている。どうやらキャッチが入ったようだ。なにか話している不二の声が、ぷつぷつという不思議な音により途切れ途切れになってしまっている。
ーー幸村、くん…。
手が自然と通話ボタンに向かっていて、はっと我に返り名前は強く頭を左右に振った。勝手に動いてしまった手を叱咤するように手の甲をつねれば、名前?、と不思議そうな不二の声が耳に滑り込んできた。
「うぁっ、ご、ごめん…なに?」
『いや、なんか返事がかえってこなかったから…どうしたのかと思って。疲れているかい?電話やめておこうか』
「ううん、平気。折角周助が電話くれたんだもん、勿体ない」
『ふふっ…君のそういう所、可愛いね』
「はいはい、お世辞なんて言わなくていいよ」
『ふふ…本当の事なのにな』
くすくすと優しい耳触りのいい笑い声が鼓膜を擽る。名前の好きな笑い方だった。不二のこの笑い方は、名前の心をとても安心させる。
不二の笑いにつられ自然と名前も笑みを零せば、そう言えば…、と何かを思い出したように不二が言葉を紡いだ。
タオルで髪の毛を拭っていた名前の手が、何故かとまる。
『幸村とは、どうなったんだい?』
いつもと変わらぬ優しげな不二の声音と口調。それなのに、今の名前にはどんな罵詈雑言よりも心にくるものだった。