第7章 赤色ドロップ
「ご、ごごごめんね柳生くん…私…雷苦手ーー」
かっ、と。また窓の外が真っ白な世界へと変わった。同時に調理室の中もほんの一瞬それ色が侵入してきて、蛍光灯の薄オレンジと混ざって複雑な色を醸し出した。
「ひっ…!」
ほぼ無意識に、名前は再度柳生に抱きついてしまった。
それと同時に三度目の怒号が、空からふってきた。耳を痛いほど刺激してくるその音に、雷が別段苦手でもない柳生も驚きかすかに身を震わせた。
この時の名前は素数を頭の中で浮かべていた。
雷の音もあの光も苦手な名前は、目を瞑って不二に手を握ってもらいながら彼の話は鼻歌を聞いていたものだ。しかし、柳生とは初対面では無いにしても、そこまで深い中ではない。
怖いからちょっと手を貸して…ついでに歌ってくれ、なんて言える筈も無かった。
「だ、大丈夫ですか?」
少しだけ上擦ったような柳生の声が名前の上から降ってきた。その声にはっと我に返り、慌てて身を引き離した。が、相変わらず服は少しだけ摘んだまま。手が微かに震えている。
「ま、また…!本当にごめんなさい柳生くん…!!私本当に雷の音が駄目で音も光も本当に本当に本当に苦手で…だからあの、いきなり抱きつくとか痴女みたいな事しちゃったけどこれは本当にそう言うのでは無くて…!」
顔を真っ赤にし、ぐるぐると目を回しながら弁解している名前に、柳生はしぱしぱと目を瞬かせたあと小さく吹き出して笑いだした。
「や、柳生くん?」
口元に手を当て小さく肩を震わせ笑う相手に、ぽかんと間抜けな表情を零しながら見つめれば、これは失敬、と謝罪を述べひとつ咳払いを落とした。
「必死で説明している様子がなんだか面白くて…笑ってしまって失礼しました」
「あ、いや…それなら全然いいけど……それより、あの、怒ってない?」
「怒る?何故ですか?」
「いや…だって、いきなり他人に抱きつかれたらそりゃ、嫌でしょ?」
「意識的に抱きついてきたのではないと分かっているので平気ですよ。それに…あれだけ怯えてしまっている貴方を見て、無理矢理引き離すのはなかなかに酷な事だと思います」
そう言って笑った柳生の表情は、少しだけ意地悪なものだった。