第3章 白色ドロップ
「幸村~。いいじゃない別に、減るもんじゃないし」
彼女の口から幸村という言葉が出てそこで初めて、あの耳触りのいい声は幸村精市のものだと言うことが分かった。叱られるという事に頭がいっぱいで声の主がイマイチぴんと来なかったようだ。
体ごとゆっくり後方へと向ければ、そこに居たのはやはり幸村精市でーー少し困ったように眉を下げているものの、口元は緩く微笑んだままだ。
「減るとか減らないとかじゃなくて、学校の鍵を勝手に複製して私用で使うのはダメだといっているんだよ」
「さ、名前、行こうか。あ、私のことは朋子って呼んでね。ちゃん付け苦手なの」
「え、あ、分かった。宜しくね朋子」
そう言葉を返せば、彼女は至極嬉しそうに…天使のような笑みを浮かべドアノブを捻りドアを開けると、屋上へと大股で入っていった。
先に屋上へと足を踏み入れた彼女の後を追おうと、足を一歩踏み出せば、小さな溜め息が耳に滑り込んできた。幸村が零したものだ。
名前は自然とドアの向こう側へと向けていた視線を幸村へと戻した。
幸村は相変わらず困ったような顔をして笑ったままだ。
「なんか…ごめんね」
なぜだか申し訳なくなり、思わず口から謝罪の言葉が滑り落ちた。
その言葉を耳にし、幸村は僅か目を見開いたあと、くすくすと笑みを零した。女の人のように綺麗だな、と思った。
「なんで苗字さんが謝るんだい?」
「いや…なんか、困ってる幸村くんみたら謝らなきゃ…って」
「あはは、気にしなくていいよ。苗字さんは愛卯の悪い事に巻き込まれた様なものだから」
言いながら幸村はドアの向こう側でこちらに向かって大きく手をふり笑っている朋子へと視線を向けた。
そんな幸村の横顔を見て、あぁ…二人はお似合いだな、なんて名前は人事のように感じていた。
クラスメイトの幸村と、クラスメイトであり友人になったばかりの朋子。近い存在の筈なのに二人はとても遠い存在のように感じた。
まぁ、遠くに居るのなら離れたところで大きく声を張り上げればこちらの存在に気づくだろう。そう心の中で思いながら豪快に笑って見せた。