第6章 緑色ドロップ
「わ、分かった…。じゃあ、私、行くね」
もっと食い下がるかと思ったが、宮野は意外にもすんなりとその場から離れていった。
残された名前と幸村。二人は少しの間無言で廊下に立ち尽くし、暫くしてから幸村は名前を引き摺るようにして廊下を歩き始めた。
強く握られた腕が痛かったが、大股で歩く幸村について行くことに必死で文句を言う暇はなかった。
何処に行くのかと一瞬思考を巡らせたが、すぐに行き先は分かった。屋上だ。屋上へと導くための階段までたどり着き、そこを一歩一歩ゆっくりと、だが確実に登っていく。
怖い、と思った。行きたくない、と思った。
それ程までに、幸村の放つオーラは恐ろしいものだったし、未だ掴まれたままの腕はぎりぎりと悲鳴をあげ痛かった。
ーー丸井くんに、会いたい。
ふと、そんな事を思って、慌てて打ち消した。
困った時や悲しい時、嫌な時に丸井に助けてもらってばかりでその優しさにすっかり依存してしまっているのかもしれない。いつからそんなに弱い奴になったんだ、と名前は自身を心の中で叱咤した。
現状、今の名前は嫌な事があっても泣いてばかりいて、なにも言えていないし、なにもしていない。なのに丸井に慰めるだけ慰めてもらっておいて、回復したと思ったらまた傷ついて、丸井の優しさにまたすがろうとする。
ーー意気地無しで、最低な奴。
そう自分を罵倒した。ただ虚しいだけだった。
がちゃり、と鍵のあく重たい音が鼓膜を刺激した。まるで死刑宣告をされたように重く感じられる。
自然と足が後退した。逃げたいと思ったからだろう。
しかし、腕を掴まれているせいでそれは叶わない。
「逃がさないよ」
同じ言葉を、以前、同じこの場所で…幸村に言われた事をふと思い出した。あの時の幸村も、怖かったがーー今は、それを軽く飛び越えている気がする。
今現在、幸村から放たれるオーラは名前を威圧するようななにかを放っていて、それが酷く息苦しさと居心地の悪さを感じさせた。
ーーなんでこんな事なってるんだろう。
頭の片隅でそんな事を思いながら、名前は幸村に腕を引かれるままドアの向こう側の世界へと足を踏み入れた。