第6章 緑色ドロップ
「だからもう、私に話しかけないで」
しまった、と思った。言いすぎた、と思った。
しかし、口から出たその言葉は本当に無意識のうちに飛び出したものだった。心の中でひっそりと思っていた事を、勝手に口が先走って言語化してしまった。そんな感じだ。
名前のその攻撃的な言葉に、幸村だけではなく宮野も驚いていた。まさか名前がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。
しかし、そんな二人の反応など名前にはどうでも良かった。
幸村の手から逃げるように顔を背け足を後退させれば、なんだよそれ、なんて低い声が鼓膜を震わせた。
一度だけ聞いた事のある、幸村の低い声。丸井にマフィンを渡したあの時、思わず身を震わせてしまうほどの低い声を幸村は出していた。
その時と同様の低い声に、名前は思わずぎくりと体を震わせ一歩足を後退させた。が、それより先…足を後退させることは出来なかった。幸村に腕を強く掴まれたからだ。
「幸村く、離しっ…」
「黙って」
「っ…」
鋭く、突き刺すような声音だった。
まるで鋭利なナイフが、喉元に突きつけられているーーそう思ってしまうほど、幸村から押し付けられた言葉は鋭く、視線は冷たいもので。
幸村のその冷たすぎる視線に、名前は戸惑いを隠せなかった。じわりと冷や汗が浮かんだが、それを拭う余裕など微塵もない。
戸惑い、言葉を喉の奥に詰まらせ、目を泳がせる名前を一瞥した幸村は強く掴んだままの腕を引っ張るようにして歩き出した。
「せ、精市くん!お昼は?!私とお昼っ…」
その背中に、宮野の必死な声音がぶつけられた。
初めて見る幸村の様子に、戸惑っているのだろう、声が上ずり情けないものになっていた。
それでも必死に幸村の背中を見つめ、震える手を誤魔化すようにお弁当を握りしめた宮野に、幸村は顔だけ向けると優しい笑みを浮かべた。
「ごめん。今日は食べれそうにない。他の子と食べてくれるかな」
謝罪の言葉を紡いでいても。
優しい笑みを浮かべていても。
幸村の目の奥は、笑っていなかった。
いつも綺麗な幸村の瞳は、今現在ほの暗いなにかが目の奥で揺らいでいて、宮野はぞくりと寒気のようなものを感じた。
頬が勝手に引きつってしまう。