第6章 緑色ドロップ
一限目の授業が終わった。
なんの教科をしていたのか、今となっては思い出せない。兎に角、授業中視界は幸村だけを捉え、耳では宮野の奏でる音を敏感に拾い上げた。
ーー頭が、目が、回る…。
名前には解けない問題などなかった。物心ついた時には、既に出された問題は全て解けたし、難しいと頭を悩ませる事はなかった。
なのに、今の名前はどうだ?
答えなんてない男女の色恋沙汰で、頭を悩ませ、心を濁らせ、精神的に弱っている。
なにをどうすればいいのか、分からなかった。しかし、ただ頭を悩ませたまま弱っていきなにもしないまま幸村への想いを無くすのは嫌だった。
ーー私、だって…幸村くんのことが好きなんだから…!
がたん、と大きな音を立て椅子から立ち上がった。
隣に座る宮野の視線が鋭く横頬をさしてきたが、気付かぬふりをして歩を進めた。向かう先は幸村の元だ。
きゅ、きゅ、と上履きの音を鳴らしながら幸村の元へと辿り着けば、名前の気配に気づいたのか、次の教科の準備をしていた幸村の視線があがった。
名前を捉え、絡む視線。柔らかく微笑む幸村に、どきり、と名前は心臓を大きく跳ね上げさせた。
「幸村くん…あの、話があって、」
「精市くん!」
言葉の途中で、宮野の焦ったような声が聞こえてきた。
驚いた二人の視線が、反射的にそちらへと向かう。視界に入ってきたのは、声の通りやはり宮野で、何故か腹を両手で抑え少しだけ前傾姿勢になっている。
お腹でも痛いのだろうか?目を瞬かせていた名前がそう思った途端、がたん、と椅子を押す大きな音が鼓膜を刺激した。
え?なんて反応するよりも早く、幸村は宮野の元へと駆け寄り顔を覗き込んだ。
「宮野、どうしたんだい?痛むのかい?」
「う、ん…お腹…痛くて…保健室、連れてってくれる?」
「あぁ。歩けるかい?おぶろうか?」
みし
「…お願い、してもいい?」
みし
みし
二人の会話を、近くで聞いている筈なのに。
まるで遠い別の世界から聞いているようだった。宮野をおぶり立ち去ろうとする幸村を、名前は慌てて止めた。