第6章 緑色ドロップ
「丸井くん、この後時間ある?甘い物食べに行こうよ」
化粧を終え、ポーチを鞄にいれた名前は笑いながら丸井にそう言った。
兎に角、目の前に丸井が居るのだ。今は丸井との時間を楽しむ事に、名前は専念した。でないと丸井くんに失礼だ、と名前はひっそりと気合を入れた。
そんな気合いを知りもしない丸井は、名前の言葉に目を輝かせ満面の笑みを浮かべ口を開いた。
「おー!行く行く!俺いい所いっぱい知ってるぜっ」
「そうなの?さすが丸井くん!なら丸井くんのイチオシのお店行こうよ!」
「イチオシかー沢山あるから迷っちまうけど、よし、とびきり美味いケーキある所連れてってやるよ」
「わー楽しみ!」
二人は顔を見合わせはしゃいだ後、カラオケボックスを出た。
辺りはすっかり暗くなっていて、慌ててスマートフォンを取り出し母親にもう少し遅くなるとだけ伝えてすぐにそれをしまった。
カラオケボックスに入る前はオレンジ一色だった世界が、真っ暗な空になった途端に様々な明かり色が世界を複雑な色に変えている。
まるで、今の名前の心情のように、複雑で、ぐちゃぐちゃだ。
それでも名前はそれを丸井に悟られぬよう笑顔を浮かべたまま、他愛もない話に花を咲かせた。心情はぐちゃぐちゃで気持ち悪かったが、丸井と話していれば楽しくて気がとても紛れてよかった。
これが一人ならば、きっと自分はぐるぐると答えの出ない底なし沼のような疑問や悩みに浸かっていた事だろう。
「丸井くん、ケーキと飲み物奢らせて」
名前は隣を歩く丸井にそう笑顔を向け言えば、言われた本人である丸井は、些か目を丸くしたあと首を横に緩く振ってみせた。
「いいって。女子から奢られるのとか、かっこわりーだろい」
「私の気が済まないから。お願い、奢らせて?」
「…なら、飲み物奢ってくれよ」
「え、ケーキは?食べないの?」
「ケーキは俺と、お前の分俺が払うから、いーんだよ」
「え?!そ、それじゃ奢る意味が無いじゃん!」
「だろうな。さー行くぞー」
「ちょ…丸井くん!」
呼び止める名前の声など気にもせず、丸井は呑気にフーセンガムを膨らませながら大股で歩いていく。
そんな彼の後ろ姿を、名前は笑いながら追いかけた。