第6章 緑色ドロップ
「はー…!歌った歌った~!名前、お前歌うめぇじゃねぇか」
歌を歌い始めてから二時間が経った頃、丸井は満足気に笑いながらソファにどかりと腰を下ろした。
4杯目のジュースは1杯目と同様にメロンソーダだったが、上にどかりとバニラアイスクリームがふたつ乗っかっている。メロンクリームソーダだ。
それを長くて細いスプーンで器用に掬いながら丸井は名前へと視線と言葉を向けてきた。
「上手いかなぁ?普通だと思うけどな。それより、丸井くんだよ!丸井くんの方が凄い上手かった!かっこよかったよ!」
「お、おう…そりゃ俺だしな!天才的だったろい?」
「うん!天才的だったっ。歌もダンスも上手かった~!バラードからポップなの、ロックまでなんでもいけちゃうんだね?」
丸井が歌っていた歌をひとつずつ丁寧に記憶を辿りながらそう褒めちぎれば、褒められた本人は、褒めすぎだろい…、なんて赤い頬を指でかいていた。
それから二人は他愛もない話に花を咲かせていると、不意に名前のスマートフォンがなり始め、会話がぴたりとやんだ。
「ちょっとごめんね」
「おー」
一言断りを得てから鞄の中に入れておいたスマートフォンを取り出した。ディスプレイを見て、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
幸村くん
そう、ディスプレイには表示されている。
その名前を見た瞬間、丸井との楽しかった時間が全て消えてしまうような感覚に陥った。
いや、正確には"幸村精市という人間の存在が、丸井ブン太という人間を覆い尽くしてしまった"という方が正しいだろう。
丸井が隣にいるのに、その事すら忘れて映し出される"幸村くん"の文字を見て固まっている。
ーー出たい、けど…。
ーー出るのが…怖い…。
カフェにいる時、名前のなにかが壊れてしまった。
それが、幸村に対する恋心なのか。
はたまた、自分の心が傷つき壊れただけなのか。
はたまた、また違うなにかなのか。
はたまた、それ等をひっくるめた全部が壊れてしまったのか。
今の名前にはどれなのか、それとも全部なのか微塵も分からなかったが…ただひとつだけ言えることがあるとすれば、
ーー幸村くんが、何考えてるのか分からない…怖い…出たくない。
という事だった。