第1章 回想
私の隣で足を浸けているのは、どちゃもんの「こまちまちこ」さん。私の友達。
私の実家は温泉旅館を経営している。小さな旅館だけれど、天然の温泉のお湯には癒やし効果があって、旅館に訪れるお客さんは絶えない。
温泉の女神でもある、こまちまちこさんは、人がいない時間帯にこっそり、うちの温泉に入りに来る。
足湯も大浴場もあるけれど、うちの一番のお勧めは露天風呂。難点は旅館の建物から少し離れていて、着替えを持って更衣室まで少し歩くことだけど、男湯も女湯も木々が繁り、春は桜、秋は紅葉が楽しめ、夜は篝火が焚かれる。傘型の屋根が設置してあるから、雨の日でも雪の日でも、ゆっくり岩の間のお湯に浸かれる。
うちでは、温泉には怪我や心身の不調に効能があると宣伝しているけれど、こまちまちこさんが教えてくれたから、私は知っている。うちの温泉には、傷ついた心を癒やす効果があるらしい。
遠い昔に別れた恋人の五郎さんを思い出して、悲しくて仕方ない時に、こまちまちこさんはうちの温泉に入るそうだ。そうすると、不思議なほど悲しい気持ちが和らぐんだって。