第14章 転入試験
「…あたし、お礼なんて言わないからね。」
「全然、いいよ。怪我なくて良かった。」
保健室を後にすると、廊下には昼間の女の子が立っていた。夕焼けに照らされて、悲しそうな、悔しそうな。そんな顔をしてわたしを睨む。
「…なんで、助けたのよ。あたし、轟焦凍の婚約者だって言ったでしょ。」
「べ、別にそんなの関係ないよ、ただ…困ってる人を見たら、助けたくなる、でしょ。」
あの時、婚約者云々っていうのはすっぽり頭から抜けていた。今言われてやっと思い出したくらいだ。
そりゃ、悲しいし、ショックだ。でも、だからって見捨てる理由にはならない。わたしはもう、目の前で誰かが傷ついてるのを見てるだけは嫌なんだ。
「………~ッ嘘よ嘘!あんたを動揺させて蹴落とそうとした、あたしの嘘!轟焦凍なんか知らないし喋ったこともないわよバーカ!ただアンタのこと調べてたら轟焦凍と仲良いって知っただけ!なんか文句あんの!?」
「…えっ、嘘?」
「そーよ!」
彼女はぜえぜえと大声を上げてドン!と壁を殴る。大きな瞳は潤んで、夕焼けの橙色に染まっていた。
ああ、この子もそうだ。本気で、ヒーローになりたいんだ。本気で、雄英に入りたかったんだ。
「…嘘、上手だね。正直めちゃめちゃ動揺した。」
「はぁ!?軽蔑するならしなさいよ!ヒーローになりたいくせにこんな汚いことして、他人を蹴落とそうとして、…ッ最低だって、言いなさいよ…!」
潤んだ瞳から大粒の涙が零れた。彼女はわたしの胸ぐらを掴んで怒鳴ると、すぐにわたしの目から視線を外し、俯いた。
「最低だなんて、思ってないよ。…本気、だったんだよね。わたしもだよ。」
「……バカみたい。あんたみたいなのに助けられたのかと思うと、死にたくなるわ。」
彼女はわたしから手を離すと、私に背を向けて目元の涙を拭う。帰る、と言い足早に歩を進めると、ふと立ち止まってこちらを振り返らずに言葉を発した。それは、夢を諦めてなんかいない証拠。わたしが雄英に入ることで、誰かの夢を奪ってしまうのではと、本当は少し気掛かりだったんだ。
けど、ヒーローを志す人間は、強くなろうと努力している。それはわたしが一番良く知っている事だった。
「次は、負けないから。」