第12章 2度目の夜。
浅い睡眠の時、確かに寝ているのだが周りの話し声が聞こえる時がある。小さい頃、お母さんの独り言を聞いて夢の中で笑っていた記憶がある。
「……ばかみたい、わたし……」
誰かに撫でられている感覚。泣きそうな蒼井の声。
なんで、泣いてんだ。頭の中で浮かんだ問いは口にすることなく心に消えていく。今すぐ起きて、どうしたって頭撫でてやりたいのに、何かに縛られてるみたいに体が動かない。ねみい。
「…なかったことにして、なんて、うそ。ほんとは、わたし……」
何だよ。お前が言ったことなのに、なんでお前がそんな泣きそうなんだよ。
俺だって、本当は。
「_____……」
ゆっくりと起き上がり目を擦る。カーテンが閉まっていて薄暗いが、隙間から入る光から察するに、朝の7時くらいだろうか。ふと手に触れる温もりに目をやると、蒼井がソファに突っ伏して眠っていた。
昨夜、言えなかった言葉を口にする。
「…どうした、蒼井。」
勿論答えは帰ってこない。眠っている蒼井の髪に触れる。頭を撫でても、頬を軽く摘んでも起きない。
自身に掛けられていたタオルケットで蒼井を包んでソファに寝かせる。
「…ったく、せっかく運んでやったのにこれじゃ意味ねぇだろ。」
人の気も知らないで穏やかに眠る蒼井の鼻先を軽く弾く。
まだ朝だというのに、テーブルに置いた自分のスマホが小刻みに振動する。液晶に映し出された名前は、蒼井の母親だった。
蒼井を起こさない様、リビングから出て応答ボタンを押す。
「…はい」
『ああ轟くんごめんね朝早くに!寝てた?』
「いえ、今起きました。」
朝一で聞く蒼井母の声は、頭に響く程元気で甲高かった。
『あかり、どう?何もなかった?粗相してないかしら、あんまり礼儀正しい感じには育ててないのよね。』
「今、寝てます。昨日は特に何も無かったし。」
『そっか。いやまあ、轟くんが一緒だし別に心配してないんだけどね。』
嘘だ。心配でなければ家を出て1日も経ってないうちに連絡してくるものか。まるで小さな子供の留守番のような扱われ方に、昔から苦労させられたんだなと小さく笑いが零れた。