第12章 2度目の夜。
『あ、あれは、無かったことに、して頂いて、よろしいでしょうか…。』
昨日、蒼井に言われた言葉がぐるぐると胸のあたりでとぐろを巻く。無かったことに、なんて出来るはず無かった。誰かにこんな気持ちを抱いたのは初めてだ、この感情が何なのかはわからないが。
風呂から上がり渡されたバスタオルで身を包む。洗いたてだろうか、いい匂いがする。
持ってきた着替えを身に纏い、リビングに向かう。
「…蒼井?」
ソファに横たわる蒼井は至極穏やかな顔で眠りこけていた。ふと触れた髪が濡れている。それ程までに、疲れていたのだろうか。
(…そりゃ、家に他人が居たらくつろげないよな。)
蒼井の髪は至極さらさらで指通りが良い。下手な乾かし方でそれが失われてしまっては俺も嫌だ。
スマホで【髪 乾かし方】と検索する。つらつらと並べられる正しい髪の乾かし方に正直驚いた、風当てりゃいいってもんじゃないのか。女子は毎日こんなことやってるのだろうか。
洗面所からドライヤーを持ち出し、蒼井を抱え上げ膝の上に置く。前に倒れないよう、片手で肩を支え片手でドライヤーの風を髪に当てる。
お世辞にも上手くできた、とは言えないが、それでも蒼井の髪はいつも通りのさらさらになっていた。
蒼井を横抱きして、部屋まで運ぶ。本人の許可なしに勝手に部屋に入るのも如何なものかとは思うが、このままソファで寝かしておくわけにも行かない。
心の中で「悪い」と呟きながら、蒼井のベッドに蒼井を寝かせた。目に掛からない程度に切りそろえられた前髪をひと梳きする。
俺はソファで寝ようと蒼井の部屋を後にしようとすると、机の上に「恋愛成就」の文字。俺が短期合宿の時にやったキーホルダーだ。
あれから1週間も経っていないというのに、とても昔のことに感じる。
「…恋愛、な。」
こいつにも、好きな奴の一人くらいいるのだろうか。それは同じ学校のやつ?はたまた他校の生徒だろうか。俺はこいつの、ほんの一部しか知らない。好きなものも嫌いなものも、こいつの周りの人間関係も殆ど知らないのだ。
それが何となく気に入らなくて、今蒼井の一番そばにいるのは俺だろ、なんて、架空の蒼井の想い人に悪態をついた。