第10章 オリジン
蒼井の口から出た話は、訳ありとはいえ、両親健在の俺にとって存外残酷で、重いものだった。
蒼井はあくまで淡々と、まるで自分とは関係ない昔話のように話す。それでも、握った手が震えていたのを俺は知っている。
さっき、蒼井に聞かれたこと。
『…轟くんは、どうしてそんなにわたしのこと、守ろうとしてくれるの…?』
本当は、初めて廃ビルで会った時から思っていた。こいつのことは、俺が守ってやらねえとって。
一目惚れとか、そんな言葉じゃ説明がつかないこの気持ちは、それまで色恋沙汰には無縁だった俺にとって、どんな問題よりも難解に思えた。
「……ありがとう…轟くん……」
光に反射して、きらきらと光る大粒の涙。それは蒼井のスカートに落ちて、輝きを失い染み込んでいく。
何となく、そんな蒼井から目が離せなくて、この前とは違って静かに泣くこいつの手を、俺は握っているしかできなかった。
「…きめた、わたし雄英に転入する。そんでね、」
ぱしゃり、と川の水を跳ねさせ蒼井は不意に立ち上がれば、くるりと身体をこちらに向け俺の前に立つ。まだ涙で瞳は潤んでいたが、その眼には確かな決意が宿っていた。
握った手に力が入る。もう震えてはいない。
「守りたいもの、全部守れるヒーローになる!」
「…そうか。」
女は弱い。俺は心のどこかでずっとそう思っていた。事実蒼井は俺より弱いと思っている。ただしそれは戦闘能力の話だ。
心はずっと、俺よりも強かったんだ。
日陰だというのに、その時の蒼井はやけに眩しく輝いているように見えた。