第9章 迷い
轟くんに助けられた後、いつかの河原の橋の下まで来ていた。
轟くんに抱き寄せられた身体が熱を持つ。ただでさえ最近は暑いというのに。
「…なにしてんだ。」
「熱いから、足湯!お湯じゃなくて水だけどね。」
熱を持つ身体を冷やすため、あと動揺する心を誤魔化すため。
河原に腰掛け、履いていたローファーとソックスを脱げば冷たい川に足だけ浸す。轟くんもやる?と誘ったが、俺はいい、と断られてしまった。男の子ってこういうの好きだと思ったんだけどな。
「…転入の話、聞いたか。」
「……ん、うん。…今日。」
轟くんのそうか、という呟きを最後に数秒の沈黙が流れる。ヴィランにビビって転入迷ってます、なんて言っていいんだろうか。そんな情けない話、腐ってもヒーロー志望が言っても良い話?
「…怖かったよな。ごめん。」
「なっ、なんで轟くんが謝るの!全然、轟くんのせいじゃない、わたしが弱かったから…」
「俺がもっと強かったら、お前だってあんな怖い思いしなかっただろ。髪だって、……」
「轟くん…?」
轟くんは、何を、言ってるんだろう。
わたしも轟くんもヒーロー志望で、誰かを守らなきゃいけない立場にある。
「…轟くんは、どうしてそんなにわたしのこと、守ろうとしてくれるの…?」
「………それは、……」
一瞬、轟くんの目が丸く開かれる。その時、わたしと目が合うも直ぐに逸らされてしまった。
ちゃぷ、と流れる川を足で軽く蹴る。
「…わたし、正直、迷ってる。プロになる前にあんなの何回もあるなんて、そりゃ怖いし、プロになるだけならいまの学校だって出来るから。」
今までは特に何も感じなかった沈黙が苦痛に感じて、わたしは無理矢理沈黙を破る。
今の素直な気持ち、轟くんに相談しよう。相談してどうにかなる事じゃないかもしれないけど、1人で抱えるにはあまりにも重すぎる。
「…でも、でもね。わたし、ずっと雄英に入ろうって決めてたの。……ね、聞いてくれる?わたしの身の上話。」
「……ああ。」
河原に生えた草を無意識で毟っていた右手を、轟くんの左手がそっと包んで握る。いつも優しい轟くんの手が、少し汗ばんで、緊張してるみたいだった。