第6章 恋の自覚。
「………轟くん良い声してるね。眠くなってきちゃった。」
「…御伽噺してんじゃねぇんだぞ。」
「ふふ。わかってるよ。でももう大丈夫なんでしょ。」
「…ああ。」
緑谷出久。あいつが、俺の抱えてたモン全部ぶっ壊していった。
それでもまだ、一つ、ずっと気掛かりなことがあった。
「…なあ。」
「うん?」
眠そうな声で返事が返ってくる。
こんな赤の他人に、聞くことじゃないのかもしれない。それでも、こいつにはなんだか不思議な、弱み全部引き出されるような、変な雰囲気があった。
「…お母さんは、幸せ、かな。」
「……さあ、わたし、轟くんのお母さんじゃないし…でもね。」
それまでずっと窓の外の月を眺めていたが、次の言葉を待って不意に隣へ目を向ける。
「誰かに幸せを願ってもらえるのって、すごく幸せなことだと思うよ。」
「…!」
それまでずっと抱えていた何かが、ふわりと溶けていくような感覚。緑谷の時とはまた違う、思わず、泣いてしまいそうになる感覚。
「…ありがとな。」
呟いた声に返事はない。寝てしまったのだろうか。
月明かりに溶ける髪を掬うと、指の間からするりと抜けていく。初めて会った時より少し伸びた髪。大きな瞳を覆い伏せられた睫毛。その夜だけは、なんでだかこいつが本当に女神なんじゃねぇのかと思った。
こいつのことを思いながら眠る夜は、もう何度目だ。