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【短編集】テニスの王子様

第5章 嫌い×好き=? 【跡部景吾】


今までこの中等部で過ごしてきた思い出を振り返ったことなんて無かったから気付きもしなかった。
そう言えばいつも言い争いになることはあっても、テニス部の奴らの様な普通の会話はしたことも無かったなと思い至った。
俺がそんな風に過去を珍しく思い出していると、ふと目の前の【名字】と目が合う。
こんな風に穏やかな空気で目が合う事は初めてだなと思った。

「何だか新鮮だね」

はにかむ様に【名字】がそう告げる。
初めて見るそんな表情に驚いて俺はらしくもなく言葉に詰まった。

「…跡部くん?」

何も返事をしない俺を不思議そうに【名字】が見つめる。
その表情も初めて見るもので、こいつこういう表情も出来たのかと今更ながら知る。

いや、ずっと知っていたはずだ。
宍戸や向日、慈郎なんかとか幼稚舎から同じだったからか似たような表情をしていた事を見かけた事はこれまであった。
こいつは俺に対してこういった表情をした事がなかっただけで、こういう可愛らしい表情も出来たはずだ。

そう思いつくとストンと自身の中に納得する感情に気が付く。
こんな簡単な事にも気付かないなんて俺様とした事が、本当に馬鹿みてぇだなと自嘲する。

「なんでもねぇ」
「そう?」

俺の返事を特に気にするわけでもなく【名字】は立ち上がりスカートについていた草を払う。
そして一通り制服を綺麗にしてから俺に『起こしてくれてありがとう』と礼を告げて去ろうとする【名字】の腕を掴む。
驚いて振り向いた顔は俺を見据えていた。

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