第5章 嫌い×好き=? 【跡部景吾】
「な、何?」
「なんでもねぇ」
「そう?あ…一応。また明日」
「あぁ」
それだけ告げると一瞬だけ微笑んでから直ぐ様家の方へと歩き出す。
家に入るのを見届けてから運転手に車を出すように指示をした。
住宅街なので最初はゆっくりだったが、俺の家に向けて車は段々とスピードを上げていく。
【名字】が消えた車内は静かだった。
それにただ一言『また明日』と告げられただけなのに俺らしくもなく自然と笑みが溢れる現状にため息をつく。
「俺らしくねぇ」
そうポツリと呟いた言葉は夜の車内に消えていった――。
そんな昨日の出来事を思い出しながら俺は今、黙々と仕事をこなしていた。
この時期は部活動の決算等も近いので必然的に生徒会の確認書類が増えて時間がそちらに割かれていた。
今日は少し部活の出が遅くなる事を他のメンバーに伝えて俺は目の前に置かれた書類を一つ一つこなしていた。
手際よく捌かれる書類は確認済みの方の書類がドンドン増えていっていた。
ある程度、捌かれてきた書類を分類分けでもするかと思ったその瞬間に俺の名を呼ぶ声がかかる。
「…跡部さん」
書類に向けていた顔をあげれば樺地が俺好みの紅茶を机に置いた。
相変わらず樺地の手際の良さに俺は感心しながら一旦休憩をするために書類から手を離して紅茶に口を付けたその瞬間にまた別の人物から声がかかった。
「……あの、跡部さん」
「なんだ?」
目線だけ声の方に向けると、生徒会で書紀をやっている2年がそこには立っていた。
少し気まずそうに視線を泳がせてから、そいつは意を決した様に俺に質問を投げかける。
「その今日は【名字】先輩はいらっしゃらないんですか?」
「あいつ今日、来てないのか?」
「はい」
その言葉に驚いて生徒会室を改めて見渡してみれば、確かに【名字】の姿が見えなかった。
他のメンバーの方へ目を向ければ会話が聞こえていたようでそいつらも顔を左右に振る。
それを見て、まだ【名字】が生徒会室に表れていない事を知った。
仕事をこなしていたとはいえ、昨日の出来事を思い返していて、本人がいないことに気付きもしねぇとは俺も随分と腑抜けたもんだなと自嘲する。
「あいつが確認しねぇといけねぇ書類があったな。いくぞ、樺地」
「ウス」
樺地を連れて椅子から立ち上がり俺は生徒会室を後にしたのだった――。
***