第5章 嫌い×好き=? 【跡部景吾】
「……なんでこんな事するの」
誰もいないバルコニーに連れてこられて私は不機嫌な声音で目の前にいる跡部くんに告げる。
確かに大人ばかりの場に連れられていて居心地が良かったわけではなかった。
だからといって跡部くんと2人きりというのもそれはそれで居心地が悪かった。
別に跡部くんが嫌いというわけではないけれど、やはり私が一方的とはいえライバル視をしていて、しかも彼は私自身のことなんて全く眼中にない様な人なのだ。
その様な人と2人きりという状況は御免こうむりたかった。
「別にお前だってあの場にいたかったわけでもないだろ」
「確かにそうだけど」
「俺も必要最低限の挨拶回りが済んだから帰る口実が欲しかっただけだ」
サラリと跡部くんに悪気もなく答えられて私は呆けてしまう。
つまり跡部くんは私をいいように使ったということだろう。
やはり私は彼のこういった所が苦手だと再認識させられた。
そう、彼はいつもそうなのだ。
確かに彼のすることは正しいし間違ってはいない。
それでも私は一方的に利用されたり決めつけられる様な態度や口調があまり好きではないなと勝手に思っていた。
そんな事を考えていると、跡部くんの視線が私に注がれている気がして顔を彼の方に向ける。
「な、何か?」
「馬子にも衣装だな」
「は?」
思わず声に出してしまった言葉に私は慌てて口を閉じる。
いつもは丁寧な口調を気にかけていたのに跡部くんのあまりの言い様に思わず声が出てしまった。
「た、確かに私だって自分が着せられてるとは思ってるけど、あまりに酷くない?」
「冗談だ」
私の怒った返事を聞いて跡部くんが一瞬だけふと和らいだ笑顔を見せてからそう言い放つ。
その表情に私は一瞬見惚れてしまい言葉に詰まってしまったが、驚いた本音は直ぐ出てしまった。
「じょ、冗談!?」
言って良いことと悪いことがあるのではないだろうか?という気持ちと跡部くんでも冗談を言うの?という気持ちが混ざり合う。
あの跡部くんが冗談を言っている所なんて今まで1度も聞いたことも見たこともなかった。
もしかしたらテニス部の面々とはそう言った類の話はしたことがあるのかもしれないけれど、同じクラスになった事は1度もないし、生徒会の仕事ぐらいでしか関わり合いがない私にとっては衝撃的だった。