第5章 嫌い×好き=? 【跡部景吾】
「おい、【名字】」
無視してしまおうかとも思ったがこんなにも生徒が多い場所で彼に悪態をついてしまえば彼のファンクラブのメンバーに面倒くさく絡まれるのは体験済みなので私は諦める。
わざと分かりやすいため息をついてから彼に返事をした。
「何か御用でしょうか?」
刺々しくわざと丁寧に返事をした。
こんな丁寧口調、親の付き合いで連れて行かされた会合でぐらいしか話したことはない。
わざとらしい返事をしたのにそれは一切気に留めない跡部くんは私を一瞥してから、樺地くんに何か小声で指示を出していた。
「樺地」
「ウス」
彼の言葉で、樺地くんは持っていた書類の中にある数枚の紙を跡部くんに差し出す。
その書類を受け取った跡部くんは今度はそれを私にへと差し出す。
大人しく受け取り彼を見れば『会計の書類だ。放課後までに目を通しておけ』とだけ告げて彼はこの場を去っていった。
その背中を見送りながら完全に彼が見えなくなると私は1人で勝手に苛立ちを覚えていた。
何故ならそれは彼が成績表を見向きもしなかったからだ。
成績表を見ない事なんて彼の勝手だ。
そんなことは頭で分かっていても私は、彼が自身が負けることはないという自信の表れでもある行為に1人で更に苛立ちを募らせていったのだった――。
***
いつの頃からだろうか。
物心がついた時には既に肉親以外の環境が異質だった。
父も母もとても優しくて素晴らしい人間だと私は思う。
祖父母も優しくて私に色々な事を教えてくれたし学ばせてくれた。
だから私は家族が大好きだったし幸せだった。
でも氷帝学園の幼稚舎へ入学する頃には私は今のような性格になっていた。
それよりも前は自分で言うのも何だけれど大人しくて引っ込み思案だった気がする。
そんな性格の幼い私だったから他の大人たちは理解出来ないとでも思ったのだろう。
両親がたまたま席を外した親戚の集まりの部屋で幼い私がいるのにもかかわらず大人たちは好き勝手に両親や祖父母を馬鹿にしていたと思う。
私も幼かったから正確な意味までは理解出来ていなかった。
でも、それでも両親を悪く言われている事はわかったし、それが許せなかった。