第3章 ◆甘い口付け ★★☆☆☆
「…主、苦しくはないですか」
「…はい…」
長谷部の優しい声が、耳もとに聞こえてくる。
(長谷部さん…ずっと、こんなふうに抱き締めてもらいたかった…)
彼女も、この長谷部のたくましい体に優しく抱き締められ、胸がいっぱいになり、目を閉じた。
二人の体がわずかに動けば、それはかすかな衣擦れとなり、心地よさに変わっていく。
トクン、トクン、と、二つの胸が振動している。
二人とも感じているのは自分の心臓の音だと思い恥ずかしくて黙っていたが、それは実は相手のものであるなどとはつゆほども思わない。
「…長谷部さん、あったかい…」
腕の中から主の細い声が聞こえ、それはとても甘い響きを纏っていた。
抱き締めても、嫌がる様子はない。
長谷部は抱き締めるという行為について、彼女にとって刺激は少ないが快感を与えることもできないため、不安に思っていた。
彼女のことを好きな自分はこうしているだけで気持ちが良いが、相手はそうではない。抱き締めても、何も感じてはもらえないかも、と。
しかし腕の中の彼女は、目を閉じ、心地良さそうに体を預けてくれている。
愛しさが抑えきれなくなってきて、このままでは彼女を後ろへと押し倒してしまいそうになった長谷部は、一度体を離し、
「長谷部さん…?」
彼女の唇に焦点を合わせた。
「あ…あの…?」
「…主、口付けをしますが、よろしいですか?」
「え、はっ、はいっ」
主は背筋を伸ばし、ギュ、と目を閉じた。
それは叱られた子犬のように怯えていて、緊張でプルプルと震えている。
(…主…可愛い…)
小動物のような仕草を見せる彼女に、長谷部の口元はわずかに緩んだ。
片方は彼女の背中に添え、もう片方の手は、指で優しく顎を持ち上げる。
長谷部は薄く目を開けたまま、自身の唇を彼女に近づけていく。
そして唇が触れてから、目を閉じた。