第8章 ◆媚薬の誘い ★★★☆☆
数分耐えていると、やがてお客さんは別の棚へと移動し、いなくなった。
「長谷部さん…行ったみたいです…」
知らせると、長谷部さんは私を腕から解放してくれて、さらに緩んだ襟を綺麗に肩へと戻し、帯の中へ整えてくれる。
「失礼しました、主。もう大丈夫でしょう。買い物を済ませて店を出ましょうか」
「あ…はい…」
あまりにてきぱきとしているので、私は呆気にとられてしまった。
…これで終わりかぁ…。
そうだよね、矢文が飛んでくるたびに私に構わなきゃならないわけだし、長谷部さんだって疲れちゃうよ。
私たちは目当てのお守りと資材を買って、すぐに店の外へと出た。
「雲が出てきましたね」
街の大通りを本丸の方向へと歩いていると、長谷部さんがそう言った。
私も空を見てみる。
灰色の雲が立ち込めていて、雨が降りそうだ。
そういえば、街の人々の通りも少なくなってきた気がする。
「雨が降るのでしょうか…。傘を持ってきませんでしたね」
「ええ。主、急ぎましょう」
「はい」
長谷部さんは手を握ってくれて、急ぎ足で先を歩く。
私もそれに着いていくよう急いだ。
でも、私は別に、雨に濡れても構わなかった。
きっと長谷部さんは雨が降ったら私が濡れてしまうから急いでいるんだろうけど、私は自分のことは平気。
頼もしく前を歩いてくれる長谷部さんが格好良くて、じっと見つめていた。
…前よりも、もっと長谷部さんを好きになってる。
親切にしてくれるのは私が審神者だからだって分かってるけど、でも、私は長谷部さんのことが好き。
また触って、抱きしめてもらいたいな。彼の背中を見ながら、そんなことばかり考えてしまう。