第7章 笑顔
男はそれだけを言うと、奏が落としたままの鞄を拾い上げ、黒い色のクラウンへと足を向けた。奏も黙ってそれに従う。男が車に乗り込み、その横へ誘導され、大人しく座った。律儀にシートベルトをつける奏の姿を、窓に頬杖をつきながら見つめている。車が動き出し、奏は、スモークの貼られた窓から、流れる景色をただボーッと見ていた。
「やるよ」
男の声がし、窓から視線を社内へと戻すと、ポトッと太ももに棒つきの飴が落ちてきた。黒と赤の包装紙。それを拾うと、首をかしげた。
「……何故、私にくださるんですか……? 私は、物をもらう権利など、持ち合わせてはいません……」
「権利とかかんけぇねえよ。甘いのが嫌いだから、仕方なくやるんだよ」
「そうですか……」
「まだ着くまでに時間がかかるから、それでも舐めてろ」
それから数ヶ月が経過した。