第2章 罠
信也はハンカチを取り出して奏を綺麗に拭いた。
乱れた衣類を綺麗に整え、何事も無かったように笑いかける。
執事の顔。仕事中の彼。
何だかんだで仕事中の彼は、きちんと執事の仮面を被っているのだ。
ミスもなく、仕事は的確かつ迅速。
口調も崩さない。
何度かボロを出さないか探ったが、全く隙すらなかった。
葛城信也――。
奏の専属執事で、それ以上でも以下でもない。……はずだった。
(葛城信也)
心の中で名を読んでみる。
今まで一切気にも留めたことが無かったのに、今では何かと気にしてしまう。
執事の休憩時間は何をしているんだろう、とか。
私が学校にいる時は何をしているんだろう、など。
気付けば学校でノートを取りながら彼の顔を浮かべたりしている。
実はあれ以来乙女ゲームを一切触っていない。
自分はどうかしている。
愛などない行為。
それでも、それでもいいから抱かれたいと思う……思ってしまう。
(葛城信也……あなたは、私の事を……)
佇む背中を見つめる。
エレベーターが止まった。1階だ。
エレベーターを降り、入口の前に止まっている車へ向かって歩みを進める。
――どう、思っているのですか……?