第10章 雨上がり
「終わった。葛城君、そっちはどう?」
「ん、もう少しです」
「じゃあ、半分もらってくわよ」
葛城が持っていった書類を、再度自分の方へ戻し、パソコンに向きなおす。その姿を見ていた葛城の目が、愛おしい物を見つめる優しい眼差しになった。
そうして、二人で残業を終え、後片付けをする。最後に、電気を消し、会社を出た。
葛城がタクシーを呼び、二人で乗り込む。葛城は行き先を告げると、奏の頭をポンポンと撫でた。それが心地よくて、反抗する気も起きず、されるがまま大人しくしていた。
目的地へ到着し、店内へと入る。そこは、地下にあるバーで、ジャズが流れており、そこそこ賑わっていた。ここは、葛城が新人の頃、一度だけ連れてきたバーだ。
葛城がバーボン・ウイスキーのロック。奏は、カシスソーダを注文した。始めて来た時と、同じ注文。
そうして、飲み始める事、数分。
「聞いてよぉおっ! 八年よ! は・ち・ね・んっ!」
奏は一杯で酔っていた。葛城は、こうなる事が分かっていて、連れてきた。こうすれば、何でも話し始めるのだ。酒にものすごく弱い自覚の無い奏。
「八年付き合ってたの。同棲までして、そろそろ結婚してもいいんじゃないか、て思ってたのに、別れよ、て言われた。それが一週間前。それから、彼の荷物とかも消えててさ、笑っちゃうよね。ほんと、信じられない。婚約指輪ももらってたのに……」
「外さないんですか?」
「外せなくてさ。まだ、信じたくないみたい」
婚約指輪を見つめながら、思いを馳せた。