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【短編集】ブーゲンビリア【R18】

第10章 雨上がり



 そんな時、頬に冷たい物が当てられた。少し前なら、悲鳴でもあげて驚いただろうに、冷たい、とぼんやり思うだけだ。こんなに、感情が出てこないのか。随分と、乾いている。

「……差し入れです。手伝いますよ」
「ありがとう。一人で出来るよ」
「俺が好きで手伝いたいんですよ。手伝わせてください。先輩」

 缶コーヒーを受け取り、差し出されているもう一本の缶コーヒーとぶつけた。缶がぶつかる鈍い音が鳴り、それぞれ缶を開け、飲む。甘い。微糖だ。
 後輩君は、種類を無言で三分の二手に取り、隣の自分のデスクへと座った。彼が新人の頃、指導役になった名残で、席が隣なのだ。昔は、逆に自分が残業を手伝い、コーヒーの差し入れをしていた。私が微糖しか飲めない事を、その時に知ったのだろう。
 大人しく甘える事にし、パソコンに向かう。何故か、少しだけ、心が軽くなった気がする。
「終わったら、飲みにでも行きませんか? 今日、金曜日ですし、先輩も明日休みですよね?」
「うん」
「……婚約破棄でもされたんですか?」

 キーボードを叩く手が止まった。

「よく、わかったね」

 出た言葉は、それだった。

「先輩を見てたら、分かりますよ。会社に入ったときから、ずっと、見てきたんで」
「そっか」

 キーボードを操作する手を再開させる。それから、会話は無かった。ただ、傍に誰かが居て、悩みも理解されたと思うと、少しだけ、肩が軽くなった気がする。誰かと会話をした事自体、久々だったかもしれない。
 少しだけ、もう少しだけ、頑張ろう。そう思ったら、キーボードを叩く手が速度を上げた。単純だな、私。そっか、誰かに、話したかったんだ。相談したかったんだ。誰かに、気づいて欲しかったんだ。
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