第6章 私の初任務とあの人の存在
しかし、その前にライが動いた。
「…大丈夫だ……大丈夫……心配ない」
それは誰に向かって言ったセリフなのか…俺は一瞬分からなかった。
「あ………」
優しい手つきでトントンっとお腹を叩くと、すうっと穏やかな顔をして再び眠るなずな。それを確認して、ライがこちらを振り向く。
「バーボン、溶けてる」
「………ええ。分かってます」
俺は何事もないように振る舞い、アイスを冷蔵庫に入れに行く。俺は彼に問いかけた。
「……小さい子の扱い、随分慣れているようですが…あなた子供いましたっけ?」
「…いや」
「……あぁ…そう言えば、あなた年の離れた妹さんがいたんでしたっけ?」
だから、慣れていたのかと、俺は無理やり納得した。だが、寝ているなずなに見せたふとした表情が…兄というより…まるで………
「……お父さん……」
寝言だろうか。なずながふと漏らした言葉。俺は見逃さなかった。ライがそっと布団をかけ直し、彼女の頬を撫でていたことを…。すぅっと落ち着いた寝息を立ててねる少女。ライはそれを見ると、立ち上がった。
「……帰るんですか?」
「…酒が無くなった」
空の空き瓶を置き、ライは部屋を立ち去ろうとした。しかし、ライがぴたっと動きを止める。
「………置いていかないで……」
その言葉に何か心当たりがあるように。俺はライの横を通り過ぎ、泣きそうな声の少女の頭をそっと撫でた。少女はうわ言のように呟く。
「………お父さん……いかないで……なんで………」
そう言えば、彼女の話を少しばかり耳にしたことがあった。確かあれは…ウォッカが口を滑らせたんだったか。
「なずなは親に捨てられて、復讐するために組織に入ったんだと」
だが、今の彼女の姿を見る限り、恨んでいる様子はない。いや……むしろ………
「どけ」
「は?ちょっと! なにして………」
俺を押しのけたライは、泣く少女にゆっくりと近づいていく。そして、ライは彼女の涙を拭う。
「大丈夫だ。大丈夫……心配ない…」
ライは先ほどと同じセリフを口にし、そして彼女の額にキスをひとつ落とした。
「《おやすみ。いい夢を》」
少女の閉じた瞼から、一筋の涙が流れ、そして少女はゆっくりと寝息をたてた。その様子を見て俺はホッとし、そして気づけばライの姿はドアの向こうに消えていたのだった。