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人魚姫は慟哭に溺れる【ヒロアカ※轟夢】

第8章 体育祭、その前日譚


 小さくて寂しげな声に、思わず背中に手を回して抱きつく。首筋に焦凍の頬がすり寄せられて少しだけくすぐったい。ああ、でも嬉しいな。私を隣に置いておきたい存在だと思ってくれているのを知ったから。それだけで、ふわふわと浮き上がってしまいたくなるくらいに浮かれている自信がある。焦凍の方は、私が離れちゃうんじゃないかって危機感を抱いているみたいだけど。そんなこと、あるはずないのに。

「私が私のままでいるのは焦凍のおかげなんだよ。だから、心配しなくても焦凍が嫌だって言わない限りずっと隣にいる。」
「……それ、よく言ってるよな。そんな大したことした記憶、俺にはねぇのに。」
「焦凍にとってはそうでも、私にとってはそうじゃなかっただけの話だよ。」

 今でもはっきりと思い出せる。アスファルトがこれでもかと熱に晒され、ゆらゆらと蜃気楼が揺れていたあの夏の日を。そう、あれは普通ならなんでもないこと。誰だって経験する、大したことのない日常の一ページ。私にとっては、“私”というものを失わずに済んだ奇跡の日。“私”の形を思い出したあの頃から、焦凍がいないと私は“私”を保てない。
そうとも知らないで、焦凍は納得のいっていない顔をしたままぎゅうぎゅうと私を抱きしめ続ける。

「……緑谷のことが好きなわけじゃねぇんだな?」
「いいヒーローになりそうだなーとは思うけど、恋愛感情はないよ。」
「……そうか。」

 ちょっとだけ拗ねたような声を出したけど、誤解は無事に解けたらしい。私の頭をひと撫でして腕を解く。顔もちょっと拗ねた感じで、ちょっと可愛らしい。丁度、このタイミングで5分経ったようで、電車がくるとアナウンスが響く。そして、そんなに間もおかずに電車がやってくる。だから、これは私が離れるって簡単に思った焦凍への意地返し。左足に膝カックンをしかけ、体勢を崩した焦凍に耳打ちする。

「一番かっこいいヒーローになるのは焦凍だって思ってるよ。」
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