第8章 体育祭、その前日譚
「至情さんに何も返せない。だけど……それでも手を貸してくれるのなら、お願いしたいんだ。」
情熱のこもった言葉だ。そして、優しさのこもった言葉だ。だからこそ、それら全てを利用する私は、とっても酷い人。罪悪感がないとは言わない。だから、全てがバレてしまったなら貴方に怒られる覚悟をしよう。嫌われる覚悟をしよう。けれど、決してごめんなさいは言わない。この行為を、間違いだって思いたくはないから。
「私から言ってなんだけど、あんまり遅くまでは残れないんだ。それでも大丈夫なら、お手伝いするよ。」
「ありがとう!よろしくね、至情さん。」
お互いに差し出し合った手を握る。私達が望む先の為に、全力を尽くすことを誓って。さぁ、なら次のお話をしないとだ。私の個性を使った特訓をするのだから、学校内の施設を使って特訓するのが一番いい。体育祭に向けての申請だって言えば多分通るでしょ。
「なら早速!って言いたいところだけど、訓練場を借りる申請出さないとね。私達だけで訓練しようにも反動が怖いし、誰か監督してくれる先生も探さないと。」
「なら、僕が申請出してくるよ。ついでに、オールマイトにも聞いてみる。」
「えっ?あ……そう?なら、お願いしようかな……」
あっけらかんと“オールマイトに聞いてくる!”って言える緑谷君って、大物だよね。知り合いだったとしても、私なら言えな……あれ?もしかして、エンデヴァーさんに修行してもらえてる私が言えることじゃない……?
常識人だと思っていただけにちょっと心に大ダメージを受けたけど、とりあえずお話の続きはまた申請が通ったらしようということで終わった。緑谷君とはそこで別れて、私は焦凍の待つ教室へ向かう。教室の前には、あれだけ集まっていた集団の影も形も見当たらない。楽でいいね。
「お待たせ、焦凍」
「……ん。」
かばんを背負ってゆっくりとこちらに近づいてくる焦凍と一緒に教室を出て、昇降口で靴を履き替えて外を歩く。どっちも何も言わないから、とても静か。けど、ちらちらと私の顔を伺うそぶりを焦凍は見せる。何を話していたのか、聞きたくて仕方ないんだろうな。私としても、帰りが遅くなるかもしれないんだから焦凍に話をしないといけない。だけど……どう切り出したらいいものか。
お互いに何も話さないまま、とうとう駅のホームまで来てしまった。次の電車がくるまで、あと5分。