第8章 体育祭、その前日譚
緑谷君はちらちらと焦凍の顔色を伺うように見たけれど、ピクリとも動かない表情をみて逆に委縮してしまったようだ。まぁ、焦凍が相手だと大抵の人はそうなるから気にしない気にしない。そのまま手を引いて教室を出る。人は多いし通りにくいけど、ちょっと強引に前に進めば通してくれようとはするから足は止めない。そもそも、こんな人が通る所を塞ぐのが悪いんだよ、うんうん。
話をする場所は、誰もいない場所ならどこでもよかった。だから、近くに丁度空いていた教室を見つけてそこに緑谷君と一緒に入る。……傍から見たら、本当に告白現場みたいだねこれ。
「……で、告白が始まっちゃうのかな?」
「違うよ!?!?」
「あはは、冗談だよ。冗談。」
リアクションが大きい緑谷君は、からかうと可愛いし面白い。でも、緊張しいな緑谷君にはいい気晴らしになったんじゃないのかな?冗談だと言われてめちゃくちゃ安心したような、からかわれたと気が付いて呆れたような、そんな長いため息を吐いた緑谷君に早速本題の話をする。
「で、答えを聞かせてくれるんだよね。」
「……最初は、断るつもりだったんだ。至情さんの提案は、僕にとってすごく都合がいい。でも、僕は至情さんに対して何も返せないから。だから、とても悪い気がして……」
「でも、気が変わった?」
「うん。」
ぐっと手を握り締めながら、緑谷君はまっすぐ私の目を見てくる。大きな、緑色の瞳がキラキラと光を放つように輝いている。それは、昔焦凍が私と焦凍のお母さんに夢を語った時のような、夢を追う瞳。
「僕は、オールマイトに憧れて雄英に入ったんだ。笑って人を救ける、最高のヒーローになるために。そのことを、かっちゃんの言葉が改めて思い出させてくれた。皆、ヒーローになるために頑張ってる。力も碌に使えない僕が、足踏みをしている場合じゃない。負けてなんか、いられない。なら遠慮なんかしてる場合じゃないんだって、気付いたんだ。」
“上にあがりゃ、関係ねぇ”か。その言葉が体育祭に対して熱を持てなかった緑谷君に火をつけたと。“オールマイトのようなヒーローに”、“負けてなんかいられない”、か。……私は、緑谷君のような目標があってヒーローを目指している訳じゃない。トップに立とうとする焦凍の隣にいる為、ただそれだけの為に力を求めている。
なんだか、眩しいな。緑谷君も、焦凍も……そして、爆豪君も。