第8章 体育祭、その前日譚
「ああ。でも、結局間に合わなかったけど……」
「そんなことないよ!あの時、一瞬だけヴィランが攻撃を続けるか迷ったのを、僕は確かに見たんだ。だから、スナイプ先生の狙撃が間に合ったのは至情さんのおかげだ。ありがとう。」
「そ、そう?なら、よかった……」
ストレートに嬉しい、ありがとうと伝えられてちょっと顔が熱くなる。気恥ずかしくて視線を逸らすと、緑谷君は「そろそろ席に戻るね。」と言って席の方へと移動していった。……焦凍や冬美さん以外にお礼を言われるなんて、何年ぶりだろ。
「……奏、ねみぃ。」
「いや、もうそろそろ先生くるだろうから起きてようね、焦凍。」
眠たそうな焦凍の声を聞いて、緑谷君から焦凍へと意識を移す。ぺたりと机に突っ伏して寝る体勢に入ってしまっている焦凍の肩を揺すって起こそうとしてみる。けれど、相当眠たいのか、なかなか顔を上げようとしない。ならば、と嫌がらせとして少しだけ見えているほっぺたを延々と指で突くことにした。
「……それやめろ。寝れねぇ。」
「なら起きなよー。先生に怒られるでしょ。」
「……来たら起こしてくれ。」
「だーめーでーすー。」
ふにふにふにふにと何度も指でつつくから、邪魔だと焦凍が私の指を掴もうとする。けど眠さでゆっくりとした動きの手じゃ私の指は捕まらない。そのまま触り心地のいい焦凍のほっぺたを突き続ける。と、飯田君が凄い勢いで席を離れて教卓の前に立つ。
「皆ー!朝のホームルームが始まる!私語を謹んで席に着けー!」
飯田君のフルスロットルな掛け声は、超マイペースな焦凍でも起きる代物だったらしい。いくら突いても崩すことがなかった腕を退けて、ちゃんとした姿勢で席に座っている……!恐るべし、飯田君!けど、その飯田君は「座ってねーのはお前だけだよ!」と切島君にツッコまれてショックを受けていた。大丈夫だよ、座ってたけど寝てたのが約一名いたから。
「ねぇねぇ、梅雨ちゃん。ホームルームだれがやるんだろね?」
「そうねぇ。相澤先生は怪我で入院中のはずだし……」
芦戸さんと梅雨ちゃんがホームルームに誰が来るのかを話している最中にドアが軽い音を立てて開く。そこにいたのは包帯でぐるぐる巻きにされてはいるけれど、見慣れたぼさぼさ頭と服装が物語る。あれは、間違いなく相澤先生だと。