第15章 束の間の平穏
あの時に声をかけたのは、決して単純な好意だけじゃなかった。そう伝えたつもり。なのに、ああなるほど、と緑谷君は一つ頷いただけだった。
「僕と至情さんの間に接点ってなかったから、特訓の話を聞いた時はちょっと驚いたんだけど、そういうことなら納得かな。」
「怒らないの?」
「別に怒ったりなんてしないよ!至情さんの考えがどうであれ、あの特訓が僕の為になったことに違いはないんだ。だから、心配しなくていいよ。」
そういって朗らかに笑う緑谷君とは対照的に、今度は私が混乱する。おかしい、だって利用したなんて聞いたら怒るのが普通じゃない?
そう思っていたのが顔に出てたのか、緑谷君は小さい子を見るような目で私を見つめる。
「轟君が自分のことを話そうって思ったのは、至情さんがそうするように言ったからなの?」
「ううん、それは焦凍が自分で決めた事だよ……。」
「騎馬戦で組んでくれたのは?」
「私が勝つのに、麗日さんの力が必要だったから……」
「なら、至情さんがしたことって特訓だけじゃないか。僕の為になるようなことしかしてないのに、怒る理由なんてないよ。」
それは、結果論だ。焦凍が動かなかったとしても、焦凍が左を使わない理由の一端を私は話して、優しい緑谷君が動かざるを得ない状況を作り出そうとした。私には、そういった緑谷君を利用しようとする意志があった。だから、緑谷君は怒っていい。それを口にしようとした時、緑谷君が「これは轟君にも言ったことだけど――」と続ける。
「僕が轟君に全力を出せって言って焚きつけたのは、轟君の為なんかじゃない。目の前で戦う僕を見もしない轟君にムカついて、とにかく悔しかったから“全力で来い”って言ったんだ。余計なお世話を考えなかったのかって言われたら、なかったなんて絶対に言えない。でも、あの時は悔しさでいっぱいだった。だから、この右手は自業自得。僕が望んでしたことだ。轟君のせいでも、至情さんのせいでもないよ。だから、謝らないで。」
……そう言われてしまうと、反論のしようがない。それに、これは多分緑谷君の本音でもあって、私を説き伏せる為に言っていることでもないんだとも思う。なら、私の罪悪感も、ここまででいいのかもしれない。