第15章 束の間の平穏
「思ってたよりずっとスムーズ!残ってるのは再考の爆豪君と……飯田君、そして緑谷君ね。」
爆豪君や緑谷君が最後まで残っているのはあんまり不思議に思わないけれど、飯田君か……。マーカーを手に、じっとボードを見て考え込んでいる飯田君をちらりと盗み見る。いつも通りに振舞ってはいたけれど、その表情は酷く険しい。それもそのはず。飯田君のお兄さん、“インゲニウム”は……“ヒーロー殺し”によって再起不能にされてしまったと、昨日のニュースで取り上げられていた。
インゲニウムはまだ若手のヒーローだから再起不能にされてとても無念だろう。そして、同じことを飯田君だって感じているだろうことが、表情からわかる。だからこそ、無理はしないで欲しいけれど……今の飯田君の状態だと、聞いてはくれないんだろうね。
何かを書こうとして、消した飯田君が発表したヒーロー名は“天哉”。焦凍と同じ、自分の名前だった。
全員のヒーロー名が無事決まった後、相澤先生は教卓に置いていた資料の山を手に口を開く。
「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリスト渡すからその中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、あらかじめこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件。……この中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ。」
指名を貰った私達は、それぞれ名前を呼ばれて相澤先生の元にリストを受け取る。ホッチキスでまとめられた事務所の名前がずらりと書かれたリストは厚く、それだけ興味を持たれているのだと改めて実感する。
ただ、プロヒーローがどこまで私の事情を知っているかわからない。この興味が話題性ありきなのか、私が実力で勝ち取ったものなのか、判断が難しい。どちらにせよ、もっと実力を付けないといけないのは間違いない。職場体験でエンデヴァーさんにみっちり扱いてもらわないとだ。
そうだ、私はそれでいいとして焦凍はどうするんだろう。ちらりと隣を伺うけれど、焦凍はじっと手元のプリントを見ていて目が合うことはなかった。
「希望は今週末までに提出しろよ。」
聞こえてきた相澤先生の声に顔を上げる。しっかり選べと言う割に、あと二日しか猶予をくれないあたり、流石は相澤先生だ。えーっ!?と声を上げるクラスを相澤先生は見事にスルーし、今日の情報学は終わりを告げた。