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人魚姫は慟哭に溺れる【ヒロアカ※轟夢】

第15章 束の間の平穏


 体育祭が終わった時はあまり実感がなかったけれど、やっぱり日本中が注目するイベントなだけあって私達はすっかり有名人になってしまった。通学途中の電車の中でも色んな人達に声をかけられたし、焦凍なんかは女の子達から黄色い歓声と一緒に応援され、あわよくば連絡先を交換しようとする子まで登場する始末。雨のせいで密度の上がった電車の中、何度自分に“私は空気だ、空気になれ。”と言い聞かせたかわからない。
 一応、私と焦凍は付き合ってはいなくても許嫁という関係にある。でも許嫁なんてものより恋愛感情での結婚が普通になっている今じゃ、“愛のない結婚なんて!”と焦凍に恋心を持つ女の子達から大バッシングを受けることは間違いない。事を荒立てないためにも、そして焦凍に対して恋愛感情を持っている私の為にも、こんな期待させる行動は取らないで欲しいのに。

「……わりぃ。でも、奏に触れていたいんだ。」

 ああ、またそんな期待させちゃうようなことを言う。にぶちんな焦凍は、きっと知らない。距離が近づく度に期待で胸をときめかせては、欲のない瞳を見て諦めてきたことを。今回も、きっと一緒だろう。そう思いながら焦凍と目を合わせ――息を飲んだ。

「奏?」

 焦凍に呼ばれて、はっと意識を引き戻す。心配そうに私を見つめるその瞳は、さっき私が見たものとは違って心配だと告げている。

「……何でもない。その、手は教室までなら繋いでていい、よ。」
「そうか。」

 舌が回らなくて、たどたどしい返事になってしまったけれど、焦凍は気にした様子は見せず、嬉しそうに声を弾ませて私の手をそっと握り直した。
ゆっくりと一緒に歩きながら、私はさっき見たあの瞳を思い出す。――ずっと欲しかった、愛おしいと訴えるような熱を帯びた瞳。私が焦凍に向けるものと、同じもの。あれは、私の願望が見せた幻?それとも、本当に焦凍がそう思っていた?
とくり、とくりと期待を滲ませながら弾む心臓を持て余しながら、学校の門をくぐった。
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