第14章 体育祭の終わりと、スタートライン
焦凍は、ずっと焦凍のお母さん――冷さん――に会うことを恐れていた。自分が合うことで、冷さんが怖い思いをしてしまうんじゃないかって。そして、同時に冷さんが自分を拒絶するんじゃないかって怖がってもいた。
そして、私は知っている。玲さんもまた、焦凍と同じことを思っていることを。
冷さんが焦凍の左目に熱湯をかけてしまったあの日――私は、焦凍の泣く声と玲さんの悲鳴で目が覚めた。私が起きるくらいだから当然エンデヴァーさんも飛び起きて、急いで救急車を呼んだのだ。色々とエンデヴァーさんが手配をしている最中、私はひたすら自分を責め続ける冷さんの傍にいた。
『私っ、私っ……なんてことを!焦凍、焦凍っ……!愛しているのに、どうして……!』
そう嘆きながら両手で顔を覆う玲さんを見て、“ああ、この人は本当に焦凍を愛しているんだな”って思った。玲さんは、高圧的に、そして暴力的に振舞うエンデヴァーさんを恐れていた。そして、その猛々しさを表すような個性にも、恐れを抱いていた。お母さんを守ろうと、必死に食らいつく焦凍にも、同様の猛々しさを見出したに違いない。追いつめられてしまっていた玲さんには、どちらも怖かったんだろう。それでも、この人は確かに焦凍を愛していた。自分が焦凍を傷つけてしまう前に、自分から離してやらなくてはと考えるくらいには。
――それが私にはとても眩しく、そしてとても羨ましく見えた。私も、そんなお母さんが欲しかった。
「――大丈夫だよ。きっと、悪いことにはならない。」
「奏?」
そっと目を閉じて、笑う。大丈夫。焦凍と玲さんなら、きっと失ってしまった親子の時間を取り戻していくことができる。だって、冷さんは確かに焦凍を、家族を、愛しているから。
「行ってらっしゃい、焦凍。」
「ああ。……まぁ、行くのは明日なんだけどな。」
「あはは、そうだね。……次は、私も行けるといいなぁ。」
「……奏も来たがってたって、伝えとく。」
「うん。」
ふっと私達の周りの空気が緩む。重い話はこれで終わり。冬美さんが夕飯ができたよ、と私達を呼ぶまで、私達は隣り合って座りながらただただ他愛のない話をゆっくりと続けていた。