第8章 体育祭、その前日譚
「……手伝いとはいっても、大したことはしていません。それに、例え貴方が想像した理由で私が手助けしていたとしても、それは貴方の為じゃない。焦凍の為です。」
「手伝いの度合いや意図なんぞはどうでもいい。重要なのは結果だ。……話はそれだけだ。早めに寝て調子を整えておけ。」
「失礼します。」
これ以上ここにいる意味もないし、いたくもない。さっさと部屋を出て、ふらりと歩きだす。……意図なんてどうでもいい、か。エンデヴァーさんの意図とは違っていたとしても、私が左を使わせようとしていることには変わりがない。分かっていたつもりだったのに、凄く胸が苦しくて痛い。もし、私が仕掛けたことがバレてしまったら……焦凍はどう思うだろう。裏切られたって思うかな。私を、あの憎しみがこもった目で見るのかな。……それだけは、いや。焦凍、お願いだから嫌わないで……私を、見ていて。
「奏?」
焦凍だ。焦凍の声が聞こえる。ゆらりと顔をあげたら、首にタオルをかけた焦凍がラフな格好で廊下に立っていた。どうして、と思うと同時に私が今立っている場所が焦凍の部屋の真前だってことに気がつく。無意識で焦凍に会いに来た?何を馬鹿なことしてるの、私。
「どうした。……親父に何か言われたのか?」
答えないといけない。なのに、頭がぼんやりして何も言うことができない。早く、早くいつも通りを装わないと。早く、早く……。
「奏。」
焦凍が両腕を広げて私を優しく誘う。私が焦凍に嫌われてもおかしくないことをしているのも知らずに、私を甘やかそうとしている。そう思いはするものの、無意識に焦凍を求めた私が抗える訳もない。誘われるままに腕の中に飛び込むと同時に焦凍の右手が背中に回って、左手が私の核石に触れる。
「大丈夫だ。親父に何を言われようが気にしなくていい。奏が思うままにしていいんだ。」
焦凍の優しい声と体温がじんわり染み入ってくる。私を気遣ってくれている。なのに、この優しい人を傷つけようとしている?……違う。私は、ただ焦凍を縛る呪縛から解放してあげたいだけなのに!
二兎を追う者は一兎をも得ず。わかっている。それなのに、私はこの荒れ狂う気持ちに整理をつけることができない。どうしたら、いいんだろう。私は、どうしたら正解だったんだろう。