第8章 体育祭、その前日譚
体育祭までの2週間は、訓練を積んでいたらあっという間に過ぎ去っていった。結局、私が緑谷君の特訓を見たのはあの一度だけ。その日以降は、いつもと同じように焦凍と組手して、エンデヴァーさんにぶん投げされて、焦凍と組手して、エンデヴァーさんに叩きつけられるを繰り返す日々を送った。あ、焦凍のお腹に1発叩き込むのには成功したよ。どやぁ。
そして、体育祭前日の夜。私はエンデヴァーさんの私室に呼び出されていた。エンデヴァーさんの私室は当然のように和室で、質のいい和ダンスや机が置かれている。その部屋の中央で、私とエンデヴァーさんは向かい合って座っていた。
「奏。わかっているとは思うが、お前は焦凍のサイドキックとなるように訓練を行ってきた。その為に必要な訓練を受けさせてきたが、それ以上のことはしていない。だが、だからと言ってその辺の輩に負けることは許さん。圧倒的実力差でねじ伏せろ。」
「はい。」
「そして、焦凍の壁になれ。お前が本気を出せば、焦凍は左を使わざるを得まい。それが、体育祭でのお前の役目だ。しっかり務めろ。」
エンデヴァーさんが威厳のこもった声で私を威圧し、頷くように追い立ててくる。けれど、私はこれに頷く訳にはいかない。焦凍の味方であり続ける為に、左を使わせるのが私であってはならないのだから。
頑なに口を閉ざし、返事を返そうとしない私を見てエンデヴァーさんは意外にも怒らず、不敵に笑った。
「……ふっ、左に関しては返事も頷きもせんか。相変わらず、焦凍一筋だな。だからこそ扱いやすく、また信用もできるというもの。そのお前がした“友達の手伝い”……その結果を、楽しみに見ているとしよう。」
見抜かれている。私が焦凍を想うからこそ、そういった手段を取ったと。意図はどうであれ、自分の思う通りに動いていると知っているから私に何も言わないんだ。
爪が手に食い込むくらいに握りしめる。意図かどうであれ、結果的に私は焦凍の想いを踏みにじろうとしている。苦しい。でも、それ以上に焦凍を道具として扱うエンデヴァーさんが同類を見るような目で私を見ることが一番苦しく感じる。