第1章 新生活
『間もなく○○駅です。』
車内アナウンスとともにその“彼”はいなくなった。
あの人なわけはない。
あの人は地元で就職が決まったはず。
東京には行かないとあれだけ言っていたではないか。
自分を冷静に保つよう、深く深呼吸をした。
「ももは」
彼の呼ぶ声が耳から離れない。
彼のせいで、初出勤は散々なものだった。
終日うわの空で、説明など何も頭に残ってはいない。
彼のせい、ではないか。
全て自分のせい。
朝と同じ電車に乗り、朝と同じリズムに揺られ家路につく。
帰りは、朝よりも人が多く、つり革につかまりながら目を閉じる。
今でも思い出せる。
彼の笑った顔、困った顔、悲しい顔。
全て消し去ったはずなのに、いとも簡単に封は開けられてしまう。
電車を降り、家に帰る途中スーパーに寄ったことは覚えている。
ただ、何を買ったまでは覚えていなくて、キッチンに広げて驚いた。呆れたと言った方が正しいかもしれない。
卵、鶏肉、玉ねぎ…
「私も変わらないなぁ…」
彼の好物の親子丼の材料。
極めつけにはプリンを2つ。
もうとっくに忘れたはずなのに。
自分の執着心には心底吐き気がする。
苦笑いしながらフライパンを用意する。
「あ」
戸棚を漁って気がついた。
出汁用の乾物を買うのを忘れた私の夕食は卵かけご飯にプリンが2つ。