第2章 右目を追う
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じわりじわりと近づく奴の顔に、私はどうすることもできずに歯を食いしばるしかなかった。
顎を掴む松永の指は一本一本が針金のような鋭さで、顔背けることさえできない。
(政宗殿・・・政宗殿っ・・・助けて・・・)
ここへきて情けないほどに彼の助けを求めてしまう。
それほどに、他の男に触れられることはこの身が拒絶していた。
奴の息を感じ、もう唇と唇の距離はわずかであった。
──そんなとき、背後で物音がした。
「・・・戻ったか」
松永は私の背後にいるであろう者を見ると、ニヤリと笑みを浮かべ、すぐに私から手を離した。
背後の者は、声を出さない。
わずかな足音。
この歩き方は忍だ。
音はしても気配はない。
逆ならよくあることなのだが、ここまで気配を消せるというのはかなりの手練れだ。
その者は松永の方へと寄ってきているようで、ようやく私の視界に姿を現した。
「・・・風魔小太郎っ・・・伝説の忍と噂の・・・」
彼は目を面で隠しているが、こちらに視線を向けたのが分かった。
松永は風魔小太郎の持っている鞘に収まった刀を見て、さらに笑みを深めた。
「御苦労。三日月宗近・・・よくぞ持って帰ったではないか。これが手に入れば豊臣になど用はない。・・・今宵はこの宝刀で一献傾けるとしよう」
まるで私になど興味はなかったかのように、奴は刀を手に取るなり別室へ向かおうと立ち上がった。