第4章 雪どけの朝
───お館様へ───
『この度の日ノ本全土に及ぶ戦にて、改めて武田の強さを知ることとなった今日、紫乃は武田に生まれ育ったことを誇り、そして嬉しく思っております。
中でも、幸村様のご活躍、そして冷静沈着なお館様の変わらぬ強さ、それがこの身に滲みているのです。
しかしこの度、こうして筆を取ることとなりましたのは、その尊敬の念とは矛盾する自分の心を、懺悔せねばならないからです。
私は織田討伐のときから先日の豊臣との総力戦にかけまして、奥州の伊達政宗殿と行動を共にしてまいりました。
それはお館様に命じられたことでございましたが、それを最初は不服に思うこともあったのです。
しかし政宗殿の側で彼を見ているうちに、その力は、武田の宿敵でありながら、共に日ノ本を守る力となり得ると、やはりお館様の読み筋が正しいものであったと実感致しました。
お館様の認める他国の将、その側に従えることは、私にとって、武田に仕えることと同じくらいに誇らしくなっていきました。
しかし、これは自分でも意図しなかったことでございますが、実は私は、伊達政宗殿に、いつしかそれ以上の感情を抱くようになってしまいました。
このことは、武田に背くことであり、私に対するお館様のご期待、信頼、そして今まで下さった深い愛情、その全てを裏切ることであると、理解しております。
そう何度も、何度も自分に言い聞かせて参りました。
しかし、何度も試みたのですが、とても自分では律することができぬほどに、彼のことを愛するようになってしまったのでございます。
自分の罪深さに、失望しております。
このことを誰よりも悔しく受け止めているのは私です。
この文で、再度武田に忠誠を誓うこともできますが、私にはそれはできません。
こんな自分が悔しく、失望しているのに、それでも信じられぬことに私は、政宗殿への愛情を見出だしたことに感激してしまっているのです。
自分がこんなに誰かを愛することができるのだと、その喜びを捨てることが、どうしてもできぬのです。
武田の全てを愛しく思っておりました。
しかし、私は、政宗殿への愛情を、どうしたって手離すことができません。
こんな私をどうかお許しください。
紫乃より』