第4章 雪どけの朝
幸村様の魅力だって、私にはよく分かるのだ。
少なくとも、政宗殿はここで、こんな風に、幸村様のような言葉は言えぬはず。
相手の気持ちを汲んで、自身の弱点を言葉にする優しさ、それは幸村様だから持ち合わせているもの。
でも、幸村様が言ったとおりなのだ。
私が好きになってしまったのは、政宗殿なのだ。
「・・・ありがとう。幸村様」
私は笑顔をつくった。
彼の優しさに対する、精一杯の誠意を込めて。
「ときに紫乃。お館様には何と報告を?」
「・・・いえ、まだ・・・」
幸村様はひとくぎりつけ、今度は神妙に身の振り方について話を始めた。
お館様は幸村様とは違い、武田の兵を束ねる立場にあるお方であり、情のみで判断することを許されているわけではないはずだ。
私が自身の気持ちを明確にすれば、他の兵との折り合いや、今後の伊達との関係を踏まえた上で判断されるはず。
しかし、私の方は、答えが出てしまっている。
──政宗殿のそばにいたい。
私は幸村様から少し離れ、その優しい顔に、自らを律し、熱のない視線を向けた。
「・・・お館様や、武田の皆には、何も告げずに行こうと思います。」
「紫乃?」
「幸村様が認めて下さっても、私は武田にとっては裏切り者。よく考えれば、それを理解してもらおうとお館様に許しを乞うなど、都合が良すぎると思うのです」
「そんなことはござらぬ! お館様とて、紫乃の心を理解して下さるはず! 何も告げずに出ていくなどとっ・・・」
「・・・いつまでも甘えることはできません。私の方から先に、区切りをつけなければ」
なぜなら、お館様に行くなと言われたとしても、私は奥州へ行くからだ。
ならばそれを告げる意味などない。
──でも、今までずっと、武田とともに生きてきた。
私の大切な故郷。
「・・・ですから、幸村様。最後にひとつだけ、お願いしたいことがございます」
「・・・お願い、でござるか?」
「お館様に、文を書きます。・・・それを、渡してくださいますか」
幸村様はすべてを納得した様子ではなかったが、最低限、文を書く、ということにひとまず頷いてくれた。
今まで、文を書くことは、滅多になかった。
墨と、硯と、筆を持って、誰にも見つからない部屋へと籠り、私は思いのかぎりを文に綴った。