第2章 序章
極星寮の聖母こと大御堂ふみ緒は、畑仕事に精を出す寮生達を見送ると自分も仕事に入る。と、言っても空き部屋はほとんど寮生の作業部屋に使われている為自分の管理している部屋事態は極めて少ない。そんな中、彼女が毎日必ず管理している部屋が一室だけある。それが開かずの間だ。
その部屋は自分が寮母見習いの頃、先輩であり当時寮母であった人の私室で寮母を辞めた後も何かと物置や調べ物をする為に使われていて、人に貸すわけにいかなかった部屋だった。
一人を除いて、その人間が今は休学しているため已む無く再び、ふみ緒が管理を余儀なくされた部屋だった。
とはいえ、その人間が来てから少しずつ雑多に置かれた物が減り、今は机とベッドとノートが置かれている非常に片付いた部屋となっていた為、過去の面影を思い出すのが難しくなっていた。
あの当初は、新しい仕事で右も左もわからなかった。寮母は厳しくも優しく、いつも接してくれていた。寮母をやめてからも時折、遠月の総帥を交えて酒盛りや料理談義をして、明日仕事があるというのに二日酔いになる事を気にせず飲み、何度も頭を抑えながらまた寮を出て行く後ろ姿を思い出す。
長く艶やかな黒髪を邪魔にならないようにきっちりとまとめた、自身より年上なのに老いても矍鑠として背筋を姿勢良く伸ばした凛々しい立ち姿と、人を和ませる笑顔の前寮母を思い浮かべてその部屋の扉に手をかける。
扉は抵抗なく開く。その先には、
「ふみ緒さん、すみませんでした。長らく留守にして、お掃除ありがとうございました。」
優しく澄んだ声は耳に心地良く。かたや短く切り揃えられた髪の間から見える柔和で穏やかな顔の女生徒。かたや、幼くも見事な黒髪の表情が読み取れない女の子。思い浮かべていた人の在りし日を思い出すのに時間をかける事はなかった。
「・・・部屋は、どうぞ自由にお使いください。」
そう言って、その人は手に持った鍵をふみ緒に手渡す。その手はひどく冷たく、震え、表情もよくみると固い。
「祖母が・・・・・もう、ここには来れないから、と。」
くしゃくしゃに顔を歪めながらも優しく微笑むその女の顔を見てふみ緒も悟った。
「そうかい、おかえり。神菜」
そう言って、ふみ緒は目の前に立つ女を彼女の足にしがみついた女の子毎優しく抱きしめた。ほんの少しして嗚咽が溢れ落ちた。
