第2章 序章
この遠月茶寮學園は、知る人ぞ知る。日本屈指の料理学校だ。
受験者数に対し、入学し、さらに卒業するまでの道も険しい狭き門をくぐり抜けなければいけない。授業について行けず退学させられるものもいる。
しかし、一流料理人としての将来が約束されるその登竜門をくぐる為にその門を叩くものは多くいる。そんな中で、自主退学する人間は皆無だ。
そんな遠月学園在学生が知る、否、世間の常識から逸脱した言葉と現実が極星寮の目の前で起こっている。
「退学希望届って、やめるって事ですか?」
「ええ、使っていたお部屋も綺麗に片付けたし、鍵もふみ緒さんに返したから、最後に挨拶を。と思ってね」
当の爆弾発言した先輩は、のんびり茶を啜っている。
「なんでですか?」
一色は先程の勢いが嘘だったかの様に落ち込んでいた。まるで燃え盛る焚き火に水をかけられた様だ
「なんでって、単位を落として留年するわけにいかないからね。時は金なり、時間は有限ってね。」
たとえ退学だったとしても遠月の学生ならば、料理界でそれなりに有効札となる。
「単位を落とさなければ、いいだけじゃないですか。万が一落としたとしてもその時に退学したって、」
「仮に、単位を落とす事が無かったとしてもまだ、二年もある。
奨学金を使って学費を差し引いても二年間の生活費諸々貯金崩しての生活はキツイものがある。それに、原則、学生寮に入らないといけないからね。」
そう言って、隣に座ってお茶を飲んでいた妹の頭を優しく撫でてやる。妹はキョトンとしてその人を見上げた。
笑みを浮かべて微笑み返すと僅かにはにかんだ。
「もちろん、それだけじゃないわ。特例で実家暮らしだって出来ない訳じゃないから。
ただ、いざ卒業した後のこと考えて、自分で店を開いたり、料理店で働く気があるかというと。そんな思い。鐚一文ないんですよね、わたし」
真顔で凄いこと言っちゃったよ。この人。
遠月での生活の長い寮生に戦慄が走る。
当の本人は先程から変わらず優雅に茶を啜っていた。